眼差しの先にある未来 -本村ひろみの時代のアイコン(3)上野裕二郎さん(東京藝術大学大学院 美術研究科 修士課程)


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「あらゆることに対して素直になれ、心を開き、耳を傾けよ」
1950年代、アメリカのビート世代を代表する作家、ジャック・ケルアックはそう言って放浪の旅を続け、その体験を本に記した。作家はその生き様が作品になる。美しいものには、醜いも悲しいも辛いも幸福もすべてが混在している。だけど残念なことに、大人になると、自分の感覚に素直でいることは難しい。言語化することで何かを失い、見ることにも慣れてしまうからだ。ある意味、美意識を鍛えることは新鮮な感覚を持ち続ける努力をすることに他ならない。

青春の光

『幻境』

さて、私はSNSで若いアーティストの方を多くフォローしている。日々の何気ないことも、彼らの言葉で綴られると、どこか青春の光を放っているような気がし、ついつい見てしまう。そんな中、Twitterで上野裕二郎くんのつぶやきを見つけた。「タクシーでぼったくられたり、こちらで友人に会ったり既に濃い旅になっています。」初めて見たのは彼がアジアを旅している内容だった。その語感から楽しい気分が溢れていた。過去のツイートも、美術館を巡ったりバイクで旅をしたり。あぁーいいなぁ、二十歳のころ私も友人と深夜バスで国内を旅したな、なんて懐かしく思い出した。

そんな上野くんの作品を見たのは、沖縄県立芸術大学の「卒展」だった。いきなりドカーンとインパクトのあるサイズの油絵。300×492センチの大きなキャンバスにアクリル、インク、墨を使って描いた作品「幻境」。たらしこみやドリッピングで描いた躍動感のある画面に、何やら生き物の蠢く気配すら感じる。おもわず「幻境」の意味を検索してみると「仏語。あたかも実在するように見える幻の境界。またそのような対象世界」との説明。この作品のルーツが気になり、沖縄を離れる数日前に県立芸大の中庭で話を聞くことにした。

生命吹き込む筆先

穏やかな晴れの日、静かな中庭に上野くんは分厚いポートフォリオを抱えて現れた。バイクが大好きというだけあって、黒いライダースの革ジャン姿。
出身は京都の亀岡市。「川が綺麗な場所だったので、子供の頃はよく川で遊んだり木に登ったり田舎の自然の中で育ちました。その影響もあり、制作には動物や自然を描くことが多いです。虎をモチーフにしているのは、虎という強い生き物が持つエネルギーをいかに描くかということを考えて、それを筆の線の集積で描いたり、自分の身体感覚により描くという意味で『ドリッピング』という絵具を飛ばす技法なども使いながら描いてきました。」

『波濤(はとう)』

『予感』

質問に一つ一つ丁寧にしっかりと応えてくれる。ダイナミックでかつ繊細。真摯な態度に将来を予感させる何かがある。

大学入学の頃、環境に慣れずに苦労した彼も、いつの間にか生まれ育った場所以上に、今では沖縄に親しみを感じていると語ってくれた。国際通り沿いの川で友人と魚を釣ったりもしたそうだ。青春だね。
そしてこの春、東京藝術大学大学院に進学した。彼の旅は始まったばかり。ゴールデンウィーク期間中、実家にバイクで帰省した体験は、アメリカの小説『路上』(オン・ザ・ロード)のケルアックを彷彿とさせた。

『移ろい』

もうすぐ我が家には彼の作品「移ろい」がやってくる。アクリルと水彩の金魚たち。たらしこみの技法で描かれたコンクール受賞作品だ。
彼の絵筆から生命を吹き込まれた金魚たちが部屋に放たれる。

【上野裕二郎 (うえのゆうじろう)プロフィール】

上野裕二郎

1996年 京都府出身
2019年 沖縄県立芸術大学 美術工芸学部絵画専攻卒業
この春より東京藝術大学大学院 美術研究科 芸術学専攻 美術教育研究室 修士課程進学。生物や自然現象、またそれらを取り巻く循環を題材に、ドリッピング、たらしこみなどの技法を用い「身体性」「恣意性」をキーワードに制作中。世界で活躍するアーティストを目指す。
サイトはこちら https://www3.hp-ez.com/hp/yjsart

【筆者プロフィール】

本村ひろみ

那覇市出身。清泉女子大学卒業、沖縄県立芸術大学造形芸術科修了。
ラジオやテレビのレポーターを経てラジオパーソナリティとして活躍。
現在、ラジオ沖縄で「ゴーゴーダウンタウン国際通り発」(月〜金曜日 18:25~18:30)、「 WE LOVE YUMING Ⅱ 」(日曜日 19時~20時)を放送中。