水と緑に癒やされて アジアとの縁感じる那覇のオアシス 

  • 南部
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琉球王国時代、中国との進貢貿易の中で独特の文化が根付いた那覇市久米、若狭。

中国式庭園の「福州園」や各地に残る歴史的施設は中国と深い関係の証しだ。地域に愛される老舗の名店も多い。那覇市の繁華街に近いにもかかわらず、静かで穏やかな時間が流れる。琉球王国時代の歴史に触れ、ホッと一息つける街を記者がほろほろした。



庭園癒やされ

 



最初に訪れたのは、インスタ映え間違いなしの穴場スポット「福州園」 1 滝の水が落ちる音と鳥のさえずりが園内に響き、暑さを和らげてくれる。

那覇市が市制70年の1992年、中国福州市との友好都市締結10年記念事業として整備し開園した。


中国の福州独特の伝統的手法を用いた中国式庭園が広がる=那覇市久米

「なんだか沖縄じゃないみたいですねー」。初めて訪れた記者2人は、那覇のど真ん中とは思えない空間に癒やされる。

福州古城の名勝を表現した「欧冶(おうや)池」を中心に、人工の山「冶山(やざん)」の頂上に立つ瓦屋根の「冶亭(やてい)」の下には滝があり、中国式庭園全体が見渡せる。園内には県民だけでなく外国人観光客も多く、都会のオアシスとなっている。

福州園を出て、大通りからぐるりと奥へ回り込むように歩くと、朱色の建物が見えた。「久米孔子廟(至聖廟(しせいびょう))」 2 だ。廟の中には、儒学を広めた孔子の像がある。

入り口となる「至聖門」には扉が三つ。中央は年に1度、孔子の生誕を祝う「釋奠祭禮(せきてんさいれい)」の9月28日だけ開く特別な門だという。この日は横の扉をくぐって、像のある本殿「大成殿」へ。
 


儒学の祖・孔子の像がある本殿「大成殿」。敷地内には、琉球初の公立学校「明倫堂」もある=那覇市久米

像の頭上には「萬世師表(ばんせいしひょう)」の文字。「萬世」は永遠、「師表」は世の手本となる人のこと。孔子への深い敬慕を表した言葉という。

本殿の屋根には赤瓦がふかれている。空の青と緑の芝生に赤と朱色が目にまぶしい。訪ねるなら晴れた日がおすすめだ。


グッドファームズキッチンの絶品、ローストビーフオムレツ=那覇市久米

次にランチを兼ねて訪れたのが複合施設「クニンダテラス」 3 ここには、評判のローストビーフ丼を出すカフェレストラン「グッドファームズキッチン」がある。今も豆腐作りを核に、若者が地域とつながっている」とうれしそう。

丼を食す前に、施設内にある歴史展示室で「クニンダ=旧久米村」の歴史・文化を学ぶことに。

展示室では、久米村には中国などとの交易を支えた人々が住み、王国を支えていたという歴史などを知ることができる。一行も地図や絵図が拡大できるタッチパネルやすごろくゲームを通して、琉球交易時代を学んだ。

ランチはおのおのが肉づくしのメニューを注文。柔らかな赤身肉を堪能した。



眠るを思い、祈

 


若狭の住宅地を歩いていると突如、独特な外観の建物が目の前に現れた。「対馬丸記念館」 4 だ。

1944年、米潜水艦の攻撃を受け沈没した疎開する学童らを乗せた対馬丸の惨劇を生存者の証言や犠牲者の遺品、遺影などと共に紹介している。


全国から送られた千羽鶴が対馬丸記念館内に展示されている=那覇市若狭

開館は2004年。記念館の入り口には、全国から送られてきた千羽鶴や対馬丸の絵が展示されていた。

迎えてくれた学芸員の嘉数聡さん(31)は「正確な犠牲者数はいまだ分かりません」と話す。詳細な資料が残っておらず、被害調査も行われなかったという。18年8月末時点で名前が分かっている犠牲者数は1484人。うち2人は昨年新たに分かった。

館内の展示では対馬丸への乗船から沈没、救助された後も、箝口令(かんこうれい)が敷かれるなど、当時の児童を取り巻く状況が学べる。1940年代当時の教室が再現された1階ではメンコ、教科書なども展示されている。嘉数さんは「私たちの生活に身近なものを比べることで、当時の生活や雰囲気を感じてもらいたい」と語った。

対馬丸記念館そばの遊歩道を進むと慰霊碑「小桜の塔」にたどり着いた。船首があしらわれた碑の両側には犠牲者の名を記した刻銘板がある。沈没から75年たった今も海底に眠る魂に思いを寄せ祈りをささげた。


対馬丸記念館では1940年代当時の遊具も展示している


氷菓ひんり、家族愛ほっこ

 


甘い香りに誘われ、たどり着いたのは久米を代表する名店「千日」 5 。三代目店主の金城茂人さん(65)と息子の兼一郎さん(35)親子が店頭でたい焼きと今川焼きを焼いている最中だった。

「うちのたい焼きは『およげ! たいやきくん』ブームの時からの年代ものだよ」と話す茂人さんは慣れた手つきで年季の入った鉄板に生地を入れていく。

多い日は1日100個を焼き上げる。クルーズ船に乗っている観光客も店を訪れるという。茂人さんがせわしなく手を動かしている間にも、地元客がたい焼きを買いにやってきた。


創業65年余を迎え、協力して店をもり立てる3代目の金城茂人さん(左端)と親族=那覇市久米の「千日」

昔から変わらぬ味の看板商品「アイスぜんざい」は350円という驚きの価格

「氷」ののれんをくぐると“看板娘”の小坂れい子さん(61)が笑顔で迎えてくれた。千日の名物といえば、ふっくら煮込んだ金時豆に食感がふわふわでちょっと固めた氷が特徴の「アイスぜんざい」だ。夏には「外まで行列が続くほどすっごいよ」とにこやかに話す。

父・金城新五郎さんと母・春子さんが1953年に創業し、切り盛りしてきた店を次男の茂人さんを筆頭に、きょうだい、家族が支えている。創業から65年余、地元客はもちろん県外のリピーターも多い。両親の築いた店を大切にする家族愛とアイスぜんざいに感動し胸いっぱい、おなかいっぱいになった記者たちだった。




クニンダ(旧久米村)の歴史や文化を学べるクニンダテラスの歴史展示室

波ノ上通りには、観光客や地元の人がちらほら。記者らは野良猫とたわむれながらほろほろ=那覇市若狭

福州園・冶山の上に建つ冶亭。欧冶池に流れ落ちる滝の音が園内に響く



(2019年6月2日 琉球新報掲載)



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