「“新しい戦前”にしない・沖縄戦79-80年」の記事一覧
【識者談話】海の戦争、全容解明を 石原昌家氏(沖縄国際大名誉教授)<戦時撃沈船舶と対馬丸事件>6
対馬丸を含め、嘉義丸や湖南丸、台中丸などを「戦時遭難船舶」と表現する場合があるが、「遭難」という表現は実態を表していない。これらの船は米潜水艦などの攻撃により ...
「遭難船」改め「撃沈船」表記に 沖縄県史「原因を明らかにするため」<戦時撃沈船舶と対馬丸事件>5
1944年8月22日、対馬丸が米潜水艦の魚雷によって撃沈されてから80年を迎えた。疎開学童ら1788人を乗せ、那覇から九州に向かう途中に米潜水艦の魚雷によって ...
「台湾有事」で離島住民を県外へ 戦時の疎開と重なる避難計画<戦時撃沈船舶と対馬丸事件>4
1944年8月22日、対馬丸が米潜水艦の魚雷によって撃沈されてから80年を迎えた。疎開学童ら1788人を乗せ、那覇から九州に向かう途中に米潜水艦の魚雷によって ...
日本軍が民間船を徴用 沖縄県民の犠牲700人を超える 戦後の補償もなく<戦時撃沈船舶と対馬丸事件>3
1944年8月22日、対馬丸が米潜水艦の魚雷によって撃沈されてから80年を迎えた。疎開学童ら1788人を乗せ、那覇から九州に向かう途中に米潜水艦の魚雷によって ...
奄美大島に多数の遺体 沖縄県関係の撃沈船26隻<戦時撃沈船舶と対馬丸事件>2
1944年8月22日、対馬丸が米潜水艦の魚雷によって撃沈されてから80年を迎えた。疎開学童ら1788人を乗せ、那覇から九州に向かう途中に米潜水艦の魚雷によって ...
戦の海へ 沖縄県民、国策の犠牲に 米潜水艦、日本船を無差別に攻撃 国際法に違反<戦時撃沈船舶と対馬丸事件>1
1944年8月22日、対馬丸が米潜水艦の魚雷によって撃沈されてから80年を迎えた。疎開学童ら1788人を乗せ、那覇から九州に向かう途中に米潜水艦の魚雷によって ...
沖縄戦時のノート 米から返還 表紙に「宮里清松」、教科書も 元兵士持ち帰る 琉米歴史研「家族に届けたい」
琉米歴史研究会(喜舎場静夫理事長)は26日までに、ワシントン州シアトルに住むクラウディア・キングさんから、元米海軍兵の父親が沖縄戦時に持ち帰ったとみられる教科 ...
慰霊祭参加者らに聞いた「沖縄が戦場になる可能性は?」 平均は「59%」 自衛隊拡張に危機感
沖縄戦から79年の「慰霊の日」を迎えた今年の沖縄全戦没者追悼式で、玉城デニー知事が自衛隊の配備拡張に「悲惨な沖縄戦の記憶と相まって、沖縄県民は強い不安を抱いて ...
現在の基地強化、土地規制「戦前と同じ」 住民を動員し厳しく監視「軍機を語るな」 <国防が奪った 沖縄戦79年>5
1943年夏、読谷山(当時)、嘉手納、伊江で陸軍飛行場が着工されたものの、沖縄戦を指揮した第32軍が44年3月22日に創設されるまで完成しているのは皆無だった ...
「平和の火」ランタンで代替 平和祈念公園 大雨で設備が浸水、復旧間に合わず 沖縄
2024/06/24
#“新しい戦前”にしない・沖縄戦79-80年
例年、慰霊の日に合わせ、沖縄県糸満市の平和祈念公園でともされる「平和の火」は23日、設備の故障で点火できなくなったため、代替のランタンにともした。県によると、 ...
沖縄「平和の礎」に刻まれた24万人の名前読み上げ、5800人が参加
沖縄「平和の礎」名前を読み上げる集い(同実行委主催)は23日、糸満市摩文仁の県平和祈念資料館前で2024年度に追加刻銘された181人の名前を読み上げた。平和の ...
疎開生活、家族を失う悲しみ…「命どぅ宝」一人芝居で 浦添市教育長・銘苅さん 沖縄
【浦添】慰霊の日を前に浦添市立前田小学校が20日、同校体育館で平和集会を開いた。市教育長の銘苅健さんが、戦争の悲劇と命の大切さを描いた一人芝居「いくさゆーぬ ...
自衛隊の拡張 玉城デニー知事「沖縄戦の記憶と相まって、県民に強い不安」 平和宣言で訴え
玉城デニー知事は23日、沖縄全戦没者追悼式の平和宣言で「戦争につながる一切の行為を否定し、人間の尊厳を重く見る『人間の安全保障』を含めたより高次の平和を願い続 ...
悲惨な戦争、もう二度と 沖縄「慰霊の日」 平和への祈り島を包む 軍備強化に強い懸念も
2024/06/24
#“新しい戦前”にしない・沖縄戦79-80年
沖縄県は23日、沖縄戦で命を落とした20万人余に心を寄せ、平和を誓う「慰霊の日」を迎えた。79年前の激戦地、糸満市摩文仁の平和祈念公園では、県と県議会が主催す ...
炎天下に鎮魂の祈り 継ぐ平和への思い 沖縄戦体験者、悲しみ癒えず 慰霊の日
正午の時報とともに目を閉じ、79年前の戦禍が奪った命を思う。沖縄は23日、慰霊の日を迎えた。日曜とあって、各地の慰霊や追悼の集いには、例年以上に多くの人々が訪 ...
瑞泉同窓会が「ずゐせんの塔」で解散宣言 慰霊祭は自主参拝に 会長「平和の象徴、ぜひ続けて」 沖縄
旧県立女子工芸学校、首里高等女学校の卒業生らでつくる瑞泉同窓会(新元貞子会長)が23日、糸満市米須のずゐせんの塔で開かれた慰霊祭で、活動を終えた。解散を宣言し ...
玉城デニー知事の平和宣言に参列者ら共感 首相あいさつは「形だけ」 沖縄「慰霊の日」
沖縄全戦没者追悼式で平和宣言を読み上げた玉城デニー知事は、自衛隊の急激な配備拡張に県民が強い不安感を抱いているとして、「今の沖縄の現状は、無念の思いを残して犠 ...
軍事増強「心配」 金城さん、慰霊碑に涙 激戦のサイパンで家族5人失う 沖縄
サイパンで両親ときょうだい3人を亡くし、兄2人と孤児になった那覇市の金城千代子さん(82)は23日、今年も那覇市識名の南洋群島戦没者慰霊碑に手を合わせた。「み ...
ペリリュー島で父、「美山丸」沈没で姉が犠牲 戦争の記憶、孫に伝える「外交努力で平和維持を」
南洋パラオのペリリュー島で父を、疎開する住民を乗せた「美山丸」の撃沈で姉を失った糸満市の大城英子さん(84)。自身も美山丸に乗船していたが、九死に一生を得た。 ...
【動画】「思いやり、世界変える」 宮古高3年の仲間さん、平和の詩に思い込め 沖縄「慰霊の日」
抑揚をつけた力強い語りは、聴衆の心に平和への思いを呼び起こした。23日の沖縄全戦没者追悼式で、平和の詩「これから」を朗読した宮古高校3年の仲間友佑さん(18) ...
【地図あり】名護・世冨慶で20本超の溝 「護郷隊」関与の陣地跡か 60年代発見、未調査のまま 沖縄
【名護】名護市世冨慶の丘陵で、沖縄戦で日本軍が構築したとみられる陣地の跡が、未調査のまま存在していることが23日までに明らかとなった。見つかった場所は民有地で ...
「あの小さなおにぎりは…」乏しい食糧、軍に供出 成立した有事の増産指示「まるで戦前」<国防が奪った 沖縄戦79年>4
戦前、大宜味村の喜如嘉国民学校の敷地にはホウセンカやダリアなどの花々が咲いていた。やがて、戦況と共に花は消え、換わりにイモが植えられた。同校に通っていた平良俊 ...
海見渡す丘で「不自然な溝」 名護・陣地跡、戦中のビール瓶か 沖縄
ぬかるんだ地面に足を取られながら、ロープを伝って登ると、眺望に驚かされた。東に久志岳や辺野古岳、西は名護湾の南側や恩納村方面まで見渡せる。東側の眼下には、山々 ...
「命どぅ宝」届けるには 川満茂雄(平和祈念資料館元館長)<戦後79→80年 平和運動の在り方、基地問題を問う>上
6月23日は、太平洋戦争で沖縄戦の組織的な戦闘が終わったとされる「慰霊の日」。平和や命、安らかな暮らしの大切さに改めて思いを巡らせる79年目の夏に、平和運動の ...
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