<南風>無かったことにしないため


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 大石又七さんの証言映像を製作している。福竜丸の乗組員のうち、ただ一人体験を語りつづけて33年、700回余の講話を重ねる。25年前に肝臓がん手術、5年前に脳出血、昨年は腰椎骨折に見舞われながらリハビリに励み語りつづける。

 証言のきっかけは中学生に頼まれ断れなかったから。話を聞いた学生が教員になり、学校に大石さんを今も招いている事例もある。その彼も83歳、テレビ・ドキュメンタリーや大江健三郎さんとの対談番組も作られている。自身の本も4冊あるが、福竜丸と対話する姿を残し伝えたい。

 沖縄戦、広島・長崎から72年、ビキニ被ばく63年とは、知らない世代が大多数になる年月だ。知らされないことは無かったこと、にしてはいけない。伝える取り組みに心砕く平和のための博物館や資料館の地道な取り組みがある。ひめゆり平和祈念資料館の実践に注目している。元学徒の方々が少なくなるなか、受け継ぐ担い手を丹念に育て、伝える資材、展示資料やアニメなどの映像を作り広めている。

 私の戦争追体験の原点は、1975年夏に摩文仁にできた県立平和資料館(現資料館の前身)への訪問だった。軍隊・戦争遺品も目を引いたが、戦火にさらされた住民の体験を言葉で読むコーナーは衝撃的だった。何時間も読んだ。

 館入り口に掲げられた、「戦争とは これほど残忍で これほど汚辱にまみれたものはないと思うのです…このなまなましい体験の前では いかなる人でも 戦争を美化することはできないはずです…これがあまりにも大きな代償を払って得た ゆずることのできない 私たちの信条なのです」の言葉は今につながり重い。

 福竜丸見学の小学生からの「大人になったら核や戦争に反対します」との感想に、希望をたもち伝えつづけたい。
(安田和也、第五福竜丸展示館主任学芸員)