<南風>大きな誕生日プレゼント


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 私の誕生日にあわせるように、娘から郵便が届く。中身は、今春、学部を終える娘の卒業論文。それは150ページにおよび圧倒された。タイトルは『燕家景致-北宋前期開封における燕文貴山水の形成-』。私は専門外でタイトルすら読めず、もはや内容に意見する見識もなければ、正当な評価もかなわない。しかし、これを書き上げるためにどれだけの努力を積み重ねたかはすぐに分かるし、実物と対峙(たいじ)した豊富な時間に真実がある。バイトもしつつの一人暮らしだったが、実に充実した学生生活であったと感心する。大学進学の際、私から娘に課した唯一の条件は大学院に進学することであったが、これだけの論文がかけるのだから、研究に生涯を賭したらよい。才能を与えられた者はそれを全うする責任がある。

 娘は、母親も美術教師、兄は映像作品をつくり、母方の祖父も日本画家と、美術に囲まれて育った。幼い頃は、シートンの『動物記』が好きで狼王ロボに憧れ、私の本棚から『ゾウがすすり泣くとき』を持ち出しては、生物学者になると言っていたが、いくつかの挫折を乗り越えるうちに美術へと進んだ。私の漆作品のサンゴは幼い彼女と一緒に拾った物だし、本紙で新聞小説の挿絵を描いた時はモデルをしてくれた。思えば彼女の日常には、常に美術があったのかもしれない。

 論文の謝辞には、指導頂いた大学の著名な教授方への感謝に連ねて「最初の美術の先生である父と母へ、記して謝します」とあった。同じ専門領域で我が子に追い抜かれていくということが、こんなにも大きな喜びに満ちたものだとは想像もしなかった。自分勝手に仕事に明け暮れ、父親としてはほぼ0点の私が、大きな誕生日プレゼントを受け取った。幸いにして親になれたことに感謝しつつ、でも勝負はこれから。そう簡単には負けられない。
(前田比呂也、那覇市立上山中学校校長 美術家)