野本一平さん死去 県系移民偉人伝出版 88歳


社会
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野本一平さん

 僧侶、作家、芸術家、教育者と多才な才能を発揮した野本一平さん(本名・乗元恵三、岩手県出身、京都・龍谷大卒、88歳)が2月27日に亡くなった。エッセーや偉人伝など多くの本をロサンゼルスで出版した。米国での日本語教育の推進と日本人の福祉に尽力した功績で、2010年に日本政府から旭日双光章を受章した。

 野本さんの本の中に「アメリカ日系偉人伝 沖縄生まれの宮城与徳 移民青年画家の光と影」がある。宮城与徳は1903年に名護市で生まれた。先に渡米していた父と兄を追って、16歳の時、シアトル経由でロサンゼルスに移住した。沖縄師範学校を中退しての渡米だった。その後、サンディエゴの美術学校で学んだ。

 与徳は「小東京」に集まる文芸人とも交流した。22歳の時にその中の一人、当時カリフォルニアを放浪していた竹久夢二、さらには文芸人の一人で新聞記者の、坂井米夫と出会った。野本さんはそこから与徳を知るきっかけになったといい、同著書にその時代背景が記されている。

 与徳は「ゾルゲ・スパイ事件」に連座した。東京麻布の下宿先で逮捕されたのが1941年10月で、日米開戦の2カ月前のことだった。野本さんは同著書で「宮城与徳の人生も順風を帆に受けたようには進まなかった。その過程は、持っていた画家としての資質を華やかに開花させる機会も逸してしまっている。私は祖国日本を離れ、異土アメリカに移住するものの一人として、この事件にかかわった移民青年宮城与徳の短い人生と数奇な運命に深い関心と限りない同情の心を寄せてきた」と明記している。

 同著書が発行されたのは1997年。翌年には北米沖縄県人会(ロサンゼルス)で野本さんの出版記念とサイン会が開かれ、与徳のめい徳山敏子さん、元妻の中村(八巻)千代さん、沖縄から比屋根照夫琉大教授(当時)らが出席した。

 ヒューマニストとしても知られる野本さんを歓喜させたのは90年の秋、沖縄で「与徳の遺作展」が初めて開催されたこと。2003年には「宮城与徳生誕百年を記念する会―君たちの時代」が開催され、野本さんも参加したことであった。

 (当銘貞夫ロサンゼルス通信員)