新垣雄久・元副知事死去 幅広い人脈「生き字引」悼む声続々


社会
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新垣雄久氏=2021年

 副知事や県社会福祉協議会会長などを歴任し、多方面で沖縄の発展に尽力してきた新垣雄久氏=享年91=の訃報を受け、関係者からは「沖縄行政を築き上げた大切な方を失った」と悼む声が相次いだ。

 新垣氏が副知事として支えた故・西銘順治氏の息子で、衆院議員(沖縄4区)の西銘恒三郎氏(66)は「(自身が順治氏の)秘書時代から、新垣さんに特にかわいがられていた」と振り返った。

 琉球政府時代から築き上げた新垣氏の人脈は広く、恒三郎氏の活動の支えとなっていた。国政で仕事をする上でさまざまな局面で相談をし、新垣氏も政治や内閣の動きに関心を持ち、最近まで電話でよく意見交換していた。恒三郎氏は「沖縄戦後の官僚の歴史、行政体験を知っている大きな存在だ。何よりも、頼もしかった相談相手がいなくなったことは大変残念で、寂しい思いだ」と別れを惜しんだ。

 新垣氏が与那原町在住の時から親交があった照屋義実副知事(73)は「沖縄に深い思い入れがあり、負けん気も強いが、後輩の指導に一生懸命だった」と故人をしのんだ。

 照屋氏が町商工会青年部の頃から交流があり、知念高の同窓会長も新垣氏から引き継いだ。自身が副知事に就任する前日の今年3月10日に、新垣氏から激励の電話を受けていたという。最近も「副知事職の大変さを思い知らされています」と暑中見舞いのはがきを送ったばかりで、さまざまな相談をしたいと思っていた矢先の訃報だった。照屋氏は「ここ数日、何度も思い浮かべていた。大切な人を失ってしまった」と肩を落とした。

 元県副知事の宮城宏光氏(88)は「芯の強さを持ち、ガッツのある人。仕事ぶりでもユーモアがあって、人望が厚かった」と語る。県庁で部長、出納長、副知事と、新垣氏と同じ要職を歴任してきた。県の仕事を離れてからも福祉部門で存在感を示していた新垣氏に感心し、交流を続けていた。訃報に触れて「『先輩、よく頑張った』と声を掛けたい。ゆっくり休んでください」と話した。