普天間飛行場と同機能「受け入れられない」元審議官が証言 基地返還交渉時、米に伝える


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普天間飛行場の返還合意を巡る経緯を振り返る田中均元外務審議官=9日、東京都

 【東京】米軍普天間飛行場返還を巡り、外務省北米局審議官として米側との交渉を担った田中均元外務審議官は、米側との協議で当初は普天間飛行場と同様の機能を持つ施設は認めない考えを米側に伝えていたと証言した。その結果、1996年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告では「撤去可能」な海上施設と明記された。一方、その後、曲折を経て代替施設は、普天間飛行場にない軍港機能などが加わる計画に膨らんでいる。

 田中氏は当時、北米局審議官として、カート・キャンベル米国防次官補代理らと交渉していた。米側から「普天間飛行場の駐留している海兵隊の行き場がなくなっては困る」として代替施設を求められた。その際、田中氏は「普天間基地と同じものを造るということであれば受け入れられない」と伝えたという。

 本紙の取材に、当時はヘリポートを想定していたとし「飛行場ではない」と説明。「海に出し、規模も大きなものではない。沖縄に対する環境(負担)や騒音もないという意識だった」と話した。計画はSACO最終報告の後、田中氏らの手を離れて進む中で変遷し「結果的にはつぶれた」と振り返った。(明真南斗)