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<メディア時評・マイナンバー法>巨大な監視システム 開始段階で破綻状態


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 10月5日、マイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)が約2年半の準備期間を経て施行された。すでに第1段階の通知カードの発送も始まり、各世帯に届き始めるころだ。10億円を超えるテレビや雑誌・新聞の行政告知広告のほか、ウェブサイトや電車中吊(つ)りなど積極的な政府PRが進んでいる。また各報道機関でも、制度の概要とともに、偽電話詐欺などへの注意も繰り返し流れている。しかしこの制度、当初の目的からは大きく外れ、しかもその変更過程も決定理由も公開性を欠いたままだ。そして何より、プライバシー侵害の可能性は施行前の改正等によって、より高まっている現実がある。

利用対象拡大
民主党政権時代に具体的な構想がされた「社会保障・税番号制度」であるが、少なくとも当初は所得・税納付・社会保険加入状況や、社会保障その他の受給状況などが、横断的に把握できることで「行政における事務コストの削減」や「給付の公平性の実現」が可能になるとされていた。そしてもう1つの売りが、「自己情報コントロール権」の実効性を高めるために、自分の番号がいつどこで誰に利用されているかを知ることができるというシステムの導入だった。
こうして当初は、社会保障・税に限定した利用を前提に議論され、導入に際しての説明がなされていた制度が、いまやほぼ無限定に利用対象が拡大されてきている。すでに災害分野、裁判手続き、刑事事件捜査での利用が法定化され、今後、ありとあらゆる行政機関が有する個人情報をマイナンバーに紐(ひも)付けすることが、事実上予定されている。
さらに多くの自治体で、固有のさまざまな手続き(たとえば、図書館利用カードへの転用、自治体施設の貸し出し等の申請・利用管理など)に利用することが表明されているし、政府もそれを強く推奨している。さらに最近では、NHK受信料にまでマイナンバーを利活用しようとしている。要するにテレビを見るためには、マイナンバーが必要になるという意味で、普及のための究極の事実上義務化といえるだろう。
しかもこうした民間利用は、すでに預貯金などの銀行手続きに必須になるとされるほか、米国や韓国の類似の先行例から推測するに、宿泊予約など生活のありとあらゆる場面にマイナンバーが求められる時代が想定されている。先の消費税軽減税率の還付に利用するアイデアでは、買物するごとにスーパーやコンビニで、マイナンバーを通知する制度が構想されている。
これは明らかに当初予定していたものとは似ても似つかない、巨大な住民行動監視システムといわざるを得ない代物で、だからこそ刑事捜査への利用が決まったわけだ。マイナンバー法という名称だけからは全く想像もできない、全くの別システムが駆動するということになる。

住民の税金投入
不透明性はコストについても当てはまる。政府はいまだコンピューター等の制度構築にいくらかかるか明らかにできない状況である。当初の発表では、初期投資だけでも数千億円、しかも運用経費にもセキュリティー費用等に千億円単位の経費が必要とされている。さらに、実務を行う自治体がかけている経費もばかにできない。例えば人口88万人の東京都世田谷区の場合で、導入にあたっての直接経費だけで10億円近い予算建てがなされている。このうちの何割かは国家予算で賄うものであるが、いずれにせよ住民の税金投入であることに変わりない。
しかもプライバシーの観点からすると、甚大な個人情報漏洩(ろうえい)の危険性が格段に増加するわけで、しかもそのほとんどは個人レベルでの損失に結びつく。さらには、漏洩によってもたらされた損害(たとえば成りすまし詐欺等の損失)は、国や自治体が補償することは予定されていない。マイナンバー自身が個人情報そのものではないし、この制度が直ちに個人情報の一元化を図るものではないにしろ、1つの番号の利活用を行政と民間が一体となって無限定に進めていくことにより、将来的に個々人にとって大きな脅威になることは、多くの専門家がすでに繰り返し指摘しているところであって、否定しえない事実であるといえよう。

保護法を逸脱
しかもこうした一連の利用拡大は、個人情報保護法の原則から大きく逸脱するものである。政府もマイナンバー法の上位法と位置づけている個人情報保護法の原則は、個人情報の収集にあたっては利用目的を明確にし、本人の許諾をとることとなっているし、その利用にあたってはその目的外利用や提供を禁止している。しかし現在予定されている利活用の拡大は、個人情報の取り扱いについて、本人の想定をはるかに超える形態になりうる。そしてそれは、法原則に明白に反する。
社会として、あるいは立法機関である国会ですら、そして実際に運用する全国1500の地方自治体も、どのような社会利用まで合意しているのかわからない、曖昧な状態にあるのがいまのマイナンバー制度といえるだろう。こうした透明性に欠け、公正性もなくどこに責任主体があるかも不明なかたちで走り始めた制度は、もはや法制度として破綻している。しかも失敗すれば、その損失額もけた違いに大きく、また個々人のプライバシーにかかわる事態であって、失敗は個々人の生活の破綻に直結する。
今からでも、いったん利用の開始は停止し、真摯(しんし)で公開された議論によって、その制度の理念・目的、全体構造、詳細なコストとリスクをすべて明らかにすべきである。それら問題点を放置して、スムーズな利用開始に協力する各報道機関も同罪といえるだろう。
(山田健太、専修大学教授・言論法)