「基地あるが故の事故」 米戦闘機墜落57年、宮森小で慰霊祭


この記事を書いた人 金城 美智子
犠牲者の氏名が刻まれた「仲よし地蔵」に千羽鶴や花を手向ける宮森小の児童ら=30日午前8時すぎ、うるま市立宮森小学校

 【うるま】米空軍嘉手納基地を飛び立った整備不良の米軍戦闘機が、石川市(現うるま市石川)の住宅地や宮森小学校に墜落した事故から57年となった30日、同小学校で慰霊祭が開かれた。1959年6月30日に事故は発生した。児童、遺族らは「基地あるが故の悲惨な事故」で犠牲になった18人を思い、墜落した午前10時40分、遺族や被害者らは黙とうをささげた。

 慰霊祭に先立ち開かれた追悼集会には、宮森小児童と隣接する城前小6年生が参列した。
 平和の鐘を鳴らした児童会役員の伊芸可怜(かれん)さん=小6=は「犠牲者の方が静かに眠れるように祈った」と話した。
【琉球新報電子版】