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<メディア時評・災害報道>義務規定の撤廃を 業界の自主指針が必要

 西日本豪雨で大きな被害が出始め、オウムの大量処刑が実行された前日の晩、「赤坂自民亭」では首相・担当大臣を含む、党幹部が顔をそろえて興じていた。翌朝、官邸では関係閣僚会議が開かれ、万全を期したというが、それにしても230人を超える犠牲者・行方不明者、5万棟に近い住宅被害はあまりに規模が大きすぎないか。1カ月たっても、鉄道の運休は16路線におよび、4千人近くが避難生活を続けている。

 ようやく、トイレもない体育館避難が「当たり前」ではないことが指摘され始めたが、そもそもこれだけの自然災害が続き、そしていままさに、命の危険がある高温を記録し、遠くない将来に大噴火や地震の発生があると言われる中で、私たちの社会は「災害」の何にどう備えるのか、パラダイム転換を迫られている。それは報道においても当てはまるだろう。

指定公共機関

 報道機関にとって、災害時の最も厳しい法的規律は「指定公共機関」としての情報伝達義務だ。人為災害として有事(戦時)と原子力事故が、自然災害では大規模災害(地震・台風等)とパンデミックと呼ばれる感染力が強い新型インフルエンザが想定されている。緊急事態が宣言されると、指定公共機関に指定されている(機関になることを承諾している)報道機関は、首長のもとで業務を遂行することが要請される。

 指定公共機関の定め方は重層的で通信・放送の場合、法で直接定めるNHKと、法の委託を受けた施行令の定めに基づき指定される、東京・大阪・名古屋の主要放送局19局と回線および携帯電話キャリアの通信5社、法の委託を受けて地方自治体の長が指定する放送・通信事業者となっている。新聞社は、自然災害について多くの県では対象事業者に含まれている一方、有事に関して入っていない。これは、「速報性のある緊急情報の伝達の役割を担うことは一般に考えにくい」ためとされている。

 人為・自然災害ともに法構造はほぼ同じで、報道機関に一定の義務付けを科す形だ。具体的な報道内容としては、警報・避難指示・緊急通報の伝達義務があり、公的機関の発表情報を「速やかに、その内容を放送しなければならない」ことが決まっている。ほかに強制ではないものの、業務計画の事前提出、収集情報や人員・機材の提供が定められている。自治体によっては、取材ヘリの空撮情報を県に速やかに提供するよう、指定段階で指示が出されていることから、当初から強制性が問題になっている。

 この仕組みが国民保護法において問題となり、沖縄の場合は全国で唯一、放送各局が承諾を一時的に保留した。理由としては、「報道の自由が侵害される疑念が拭えない」「避難の指示、緊急通報は本来放送に携わる者の使命であり、あえて義務付けられるべきではない」というものだ。これに対し、県からは文書で「放送のあり方に県が干渉するものではなく、あくまでも報道の自由は保障される」との回答があったことから、「いかなる緊急事態においても県民の基本的人権および知る権利を守り、自由で自律的な取材報道活動を貫く」との条件を付し、了解した経緯がある。

情報伝達責務

 放送法でも、これらの規定と重複するかたちで、「災害が発生し、又は発生するおそれがある場合には、その発生を予防し、又はその被害を軽減するために役立つ放送をするようにしなければならない」との、包括的な放送義務規定がある。ここにいう基幹放送とは、地上波のテレビ・ラジオ、BS放送、一部のCS放送のほか、携帯電話会社によるマルチメディア放送をさす。これによって、主な放送事業者に防災放送が義務付けられることになるが、国や地方自治体による防災計画の中に組み込まれているのは、NHKと民放地上波だけだ。

 報道機関において実際に行われている情報伝達としては、地震発生直後に揺れを想定して警報が流れる緊急地震速報が身近だろう。放送局においては、気象庁とオンラインで回線を結んでいて、情報が伝達されると自動システムで直ちに速報が流れるよう設定されている。携帯会社においても、通常とは異なり、制御用ネットワークを利用し、特定地域にある大量の携帯電話に対し、いわば放送型の一斉同報を行っている。

 このほかに安否情報システムとして、従来型の新聞のほかテレビやラジオによる安否情報放送と、携帯各社が実施している災害伝言板がある。前者のうち、最も典型的なのは、新聞や放送が警察庁および自治体発表のほか独自取材によって収集した情報を報ずるものだ。東日本大震災の時にも、避難者・犠牲者等の紙面化が役に立った一方で、グーグル等のプラットフォーム事業者のユーザー書き込み型の仕組みが一般化した。ラジオ局がプラットフォームとなり、情報の集約を図る動きもあり、勤務先、近隣ビル、私立学校の安否情報や、理髪店やタクシーと災害時の情報ネットワークを構築する仕組みもある。

 こうしてみると自然災害については、防災・減災のための仕組みは法の強制がなくても行われていることがわかる。むしろこれらを強制・義務化することは、報道機関の自由な取材・報道活動の足かせになりかねない。緊急事態であることを理由に、取材で得た様々な情報の目的外利用が「当然に」強制されるし、政府が現行の放送の枠の中で、情報を「直接」流すことすら可能であるからだ。しかもこうした仕組みが、自然災害だけでなく、政府自らが主体である人為災害の場合も同じように適用されるのが現行制度だ。発表主体こそが取材の対象であって、その発表情報をベースに報道するという仕組み自体が矛盾しており、デメリットが大きすぎる。

営業上の理由

 一方で報道機関側の問題としては、西日本豪雨においては、放送の流し方が視聴者に「誤った印象」を与えたのではないかとの声もある。全国共通の番組放送が一般的なため、ローカルが一定の警戒情報を流しても、それを超える「日常的な」娯楽番組が、そうした緊張感を打ち消してしまったとの指摘だ。さらには、L字等の窓枠放送がスポンサーへの金銭補償などの関係で「できれば最小限に抑えたい」という営業上の理由もなくないのだろう。

 現行制度は、政府や報道機関の都合が、ベストの形を阻害している可能性があるということだ。身近で間近な自然災害も、県内ではヘリの墜落等で決して遠い話でない人為災害も、「国益≒政府益≠国民益」に陥らないためには、法的拘束力はきれいになくしたうえで、むしろ業界としての自主ガイドラインを広告主ほか関係各所との間でルール化していくことが必要だろう。「やらせる・やらされる」の関係ではなく、地域住民に即した災害報道ができる仕組みを改めて検討し直してみてはどうだろうか。

(山田健太 専修大学教授・言論法)