<社説>米軍属女性遺棄 大人の責任果たせていない


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 1995年10月、少女乱暴事件に抗議する県民大会で、大田昌秀知事(当時)は「行政を預かる者として、本来一番に守るべき幼い少女の尊厳を守れなかったことを心の底からおわびしたい」と述べた。少女の人権を私たち大人は守れなかった。集まった約8万5千人の人たちはつらい涙を流し、二度と犠牲者を出さないことが大人の責任だと考えた。

 あれから20年がたって、若い命が犠牲になってしまった。胸がふさがる。あのとき誓った大人の責任を私たちは果たせていない。
 被害女性の両親は「一人娘は、私たち夫婦にとってかけがえのない宝物でした」と告別式の参列者に宛てた礼状に記した。「にこっと笑ったあの表情を見ることもできません。今はいつ癒えるのかも分からない悲しみとやり場のない憤りで胸が張り裂けんばかりに痛んでいます」。あまりにも悲しい。
 容疑者の元海兵隊員である米軍属は被害者と接点がなく「2~3時間、車で走り、乱暴する相手を探した」と供述している。女性は偶然、ウオーキングに出掛けただけで残忍な凶行の犠牲になったのだ。
 軍隊という極限の暴力装置に、あまりにも近くで暮らさざるを得ないこの沖縄。事件は沖縄の誰の身にも起こり得る。被害者は自分だったかもしれない。家族の悲しみ、痛みは私たちのものだ。
 95年の事件をきっかけに、日米両政府は「沖縄の基地負担軽減」を繰り返し言ってきた。しかしこの20年、基地負担は減っていない。
 在沖米軍基地の整理縮小を図る96年のSACO(日米特別行動委員会)最終報告で決められた基地の返還は、読谷補助飛行場やギンバル訓練場など一部にとどまる。最大の懸案である普天間飛行場は全く動いていない。
 米軍人・軍属の特権を認めた日米地位協定は一字一句変わっていない。犯罪の被疑者の身柄の引き渡しも殺人や強姦(ごうかん)などの凶悪事件に限って米側の「好意的配慮」によるとした運用改善だけだ。
 20年間、沖縄の基地負担軽減は進んでいない。不平等な日米地位協定もそのままだ。
 軍隊と住民は共存できないという事実を、沖縄は繰り返し思い知らされてきた。命と人権を守ることは最も大事な大人の責任だ。もう悲しくつらい犠牲は誰にも負わせたくない。