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プーチン氏の連立方程式 一層の強権化を懸念<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 筆者は6月27日、東京女子医大附属病院で生体腎移植手術を受けた。手術は成功し、筆者もドナー(妻)も元気だ。この手術の経緯とその成功で筆者の人生の持ち時間が延びた。この時間を筆者の「祖国/母国」である沖縄への恩返しのために使いたいと思っている。この点については次回連載以降、3回に分けて書きたい。今回はロシアで起きた政治的大事件について見方を記したい。

 6月24日、ロシアの民間軍事会社(傭兵(ようへい)集団)「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏が反乱を起こしたが、1日もたたずに収束した。筆者は、プリゴジン氏の反乱がプーチン大統領の権力基盤を毀損(きそん)したとか、大統領と軍の間に亀裂が入ったという見方をしていない。今回、プーチン氏は二つの連立方程式を立て、その解を見いだそうとした。

 第1の方程式=プリゴジン氏を中立化する。その方法は、逮捕でも暗殺でも国外追放でも、どれでも構わない。

 第2の方程式=内乱状態を起こさない。ロシアでは現在、民間軍事会社の利権をGRU(軍参謀本部諜報(ちょうほう)総局)に移動する「改革」が進められている。エリツィン政権時代に政治に過度な影響を与えたオリガルヒヤ(寡占資本家)をプーチン氏が排除したのと似ている。プリゴジン氏を含む民間軍事会社経営者は巨大な利権を取り上げられようとしている。

 もちろんプリゴジン氏が不穏な動きをしていることを連邦捜査委員会(日本の特捜検察のような組織)とFSB(連邦保安庁)は、つかんでいた。だから6月26日午後10時10分(モスクワ時間、日本時間27日午前4時10分)の国民への呼びかけで、プーチン氏は「反乱軍の前に立ちはだかり、自らの義務、誓い、そして国民に忠実であり続けた全ての軍人、法執行官、特殊部隊に感謝します。殉職した英雄的飛行士たちの勇気と自己犠牲により、ロシアは悲劇的な破壊的結末から免れることができました」と述べたのだ。

 今回のプリゴジン氏の反乱をプーチン氏はテロ対策と位置付けた。そうなると主管官庁は、国防省ではなく内務省(国内軍)になる。それに加えFSB(連邦保安庁=秘密警察)のスペツナズ(特殊部隊)も協力している。

 筆者の推定だが、プーチン氏の正規軍に対する指示は「一切動くな」で、内務省とFSBに対する指示は「敵が攻撃してきても最高司令官(プーチン氏)が許可するまでは、絶対に反撃するな」だ。内乱を避け、情報心理戦によって、プリゴジン氏の周辺の人々を引き離す作業を優先した。ヘリコプターが撃墜されてもロシア軍が反撃しなかった事実自体が軍(正規軍だけでなく、内務省国内軍、FSB特殊部隊、非常事態省などを含む「力の省庁」)に対する統率が揺るぎがないことを示すものだ。

 米国のインテリジェンスのプロたちも、そのことが分かっているので、プリゴジン氏の反乱を国内問題であると位置付け、リン・トレーシー在ロシア米国大使がロシア外務省に公式の外交ルートでそう通報したのだ。国際法上、外国は国内問題に干渉することができない。米国は、プリゴジン氏の反乱をウクライナ戦争と切り離す意思表示をした。少し乱暴な表現をすると、プリゴジン氏を煮て食おうが焼いて食おうがロシアの好きなようにすればいいという意味だ。むしろ一連の事態で傭兵部隊のGRUへの再編が加速することで、プーチン体制の強権化が一層進むことを筆者は懸念している。

(作家・元外務省主任分析官)