<南風>夢か現(うつつ)か幻か


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 やっぱり来てしまった此処(ここ)は伊平屋島。6歳から13歳までを過ごした島。現在は1時間20分で島に渡れるが、あの頃は12時間にも及ぶ過酷な船旅だった。泊ンチュの父が伊平屋に仕事を得て、家族6人終戦直後の島に渡ったのだった。

 6歳の私は長時間の船酔いの苦しさで顔中をヨダレだらけにして拭う気力もなく、初めて降り立つ浜に呆然(ぼうぜん)と立っていた。出迎えの人々の喧騒(けんそう)を微(かす)かに記憶している。伊平屋島での生活が始まった。水道ない、電気ない、車ない、私の中の島はそうなのだが、今は本島と何ら変わらぬ島になっている。

 勝手な私は何もなかった頃の島を感じたくて今島に来ている。自転車を千円で借りた。目的地は念頭平松。数十年ぶりの自転車はおぼつかなく転んでしまった。格好悪い姿を誰にも見られていなかった事を確認、安心しまた慎重にこぎ出した。1時間かけて念頭平松に辿(たど)り着く。この松の下に座って色々振り返ってみたかった。松は今静かに私と対峙(たいじ)している。伊平屋の山は丸く高く優しく私をとり囲む。心地良い。懐かしい風に癒やされ、汗ばんだ身体を芝生に横たえた。

 何処(どこ)からか幼い頃の友達の声が聞こえてきた。けたたましい豚の鳴き声がする。正月に殺される豚だ。子供達が走り回っている。皆裸足だ。あの弾むボールは何? 大きいね、私も遊びたい、だが女の子には触らせても貰(もら)えない、ボールは大人達から貰った豚の膀胱(ぼうこう)だった。諦めて女の子はケンパーや石なぐを始めた。

 そこで突然牛蛙(うしがえる)のドスの効いた声が「グオー~」。吃驚(びっくり)して見回すと誰も居ない元の松林。今のは? ウトウトしたようだ。どれくらい経(た)ったのだろう、雲雀(ひばり)が鳴いている。その囀(さえず)りに追い立てられるように立ち上がり、深呼吸。汗の引いた身体で再び自転車をこぎ、宿に戻った。
(國吉安子 陶芸家、「陶庵」代表)