コラム「南風」 皮肉の「主権回復」

 前回紹介した、マコーマック氏との共著本の日本語版は『沖縄の〈怒〉―日米への抵抗』という題で4月刊行です。日本の読者を意識して大幅加筆修正しました。(3月中は割引www.peacephilosophy.com参照)

 この本に、サンフランシスコ講和条約の発効日(1952・4・28)は沖縄にとって、分離され米軍政下に置き去りにされた「屈辱の日」であると書きました。本土の人は夢にも思わないかもしれないが、敗戦における日本全土の米軍占領を、100人が投獄されると例えるとしたら、99人が釈放された日に1人だけ監獄に残されたに等しい、そう考えれば想像に難くないのではないかと。そもそもこの記念日の存在すら知らない人も多いのです。
 しかし、さる3月7日、安倍首相は4月28日を「主権回復の日」として記念式典を行う意向を表明しました。これに対し沖縄からは当然の強い反発があり、『朝日』『毎日』といった全国メディアでも報道されました。この計画が結果的に、沖縄にとっての「屈辱の日」を日本中に知らしめる機会となったことは、皮肉としか言いようがありません。
 さらに根本的な皮肉は、講和条約と同時に調印された日米安保条約とその後の地位協定により、日本は主権を「回復」と同時に「放棄」したことにあります。日本にとってこそ「屈辱」であるはずの主権剥奪状態は、沖縄に米軍基地とその被害を詰め込み、県外の人たちを目隠しすることで維持されてきました。
 安倍氏の唱える「日本を取り戻す」には程遠い状況における「主権回復」記念日式典とは、噴飯もの。それでも裸の王様に対し「主権」服を来ているとおだて上げ続けるのなら、まずは沖縄の負担が対国土面積比と同じ0・6%に下がるまで、米軍基地と訓練を日本全体に分配し、「目隠し」を取るのが筋道でしょう。
(乗松聡子、ピース・フィロソフィーセンター代表)