91歳の歌人、新たな歌集を発刊 「二・二六事件」から日々の生活まで


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約25年間書きためた短歌を収めた第2歌集「遠海鳴り」を発刊した歌人の屋部公子さん=19日、那覇市泉崎の琉球新報社

 歌人で琉球歌壇前選者の屋部公子さん(91)=那覇市在住=が第2歌集「遠海鳴(とおうみな)り」を3日に発刊した。屋部さんは父親の仕事の都合で戦時中、東京で過ごした。歌集の冒頭短歌は、1936年2月26日に起きた「二・二六事件」を題材にし、戦争に向かう緊迫感を伝えた。その他、沖縄戦の戦跡を訪ねて詠んだ歌、人生の苦楽を織り込んだ歌など計364首を収めている。戦中と戦後の東京と沖縄の記録から歴史を問い直し、平和への願いを込めた。

 県内短歌界の重鎮の屋部さんが歌集を発刊するのは95年以来。「戦時中の経験、沖縄の風景や日常生活の折々の体験から湧いてくる気持ちを詠んだ」と穏やかな表情で語る。

 29年那覇市生まれ。35年に上京し、都内の尋常小学校、高等女学校に進学した。戦争激化に伴い44年、女子挺身(ていしん)隊として動員され都内の工場で働いた。戦後しばらくは東京に滞在していたが57年に沖縄に帰郷した。

 「雪降ると聞けば記憶の甦るとほき二月のとほき叛乱(はんらん)」。「二・二六事件」を主題にした短歌。「小学2年生の頃。通学途中で帰され、ラジオで事件を知った」と記憶をたどる。

 沖縄戦の戦跡を主題にした歌もある。戦時中、南風原陸軍病院壕に使われた南風原町の黄金森を訪れた際に詠んだ歌も収めた。「横穴壕蛇身のごとく細き中この重圧はいづこより来る」。遺骨収集をテーマに取り上げた作品もある。

 「病室の玻璃越しなれど日もすがら遠海鳴りの内耳に荒るる」。2年前に病気を患い入院した。

 病室から毎日眺めていた海を題材にして歌を数首詠んだ。親交のある歌人の渡英子さんが歌集の題名を付けた。

 「生涯で歌集は一冊だけ」と考えていた屋部さんが第2歌集の発刊を思い立ったのは、25年間書きためていた短歌を葬り去るのは「心残りになったから」とほほ笑む。

 歌集「遠海鳴り」に関する問い合わせは屋部さん(電話)098(868)1769。
 (高江洲洋子)