社会
在沖米軍基地の県外移設を巡る議論

<基地「引き取り」論の射程 仲里効氏に答える>下 高橋哲哉

軍事要塞化に終止符を 共通目標持つ人々と協力


辺野古埋め立て承認取り消しを巡る不作為の違法確認訴訟の県敗訴判決を報告する集会で掲げられた「基地は県外へ!」と訴える横断幕=9月16日、那覇市の城岳公園前

 仲里氏は筆者が拙著(『沖縄の米軍基地』)で「県外移設をする場合には、可能な限り『合理的』に、『負担平等』の原則に近づけて」沖縄以外の都道府県に引き取るべきだと述べ、橋下徹大阪府知事(当時)が関西国際空港(関空)を普天間基地の移設先として検討したことを「あたかも評価するように取り上げた」として、その「剣呑(けんのん)さ」や「楽観さ」を批判する。

 だが前者について言えば、沖縄への基地集中が「本土」全体の責任であることを共有したうえで、引き取りに際しては「本土」の中でも負担の公平に「可能な限り」配慮して移設先を決めるという当然の原則を述べたにすぎない。

 では、橋下知事の関空移転発言についてはどうか。筆者は橋下氏の大阪市長、府知事時代、その政治観、政策、発言の数々を強く批判した。関空移転発言も、仲井真沖縄県知事(当時)が視察の意向を表明したとたんに撤回してしまい、どこまで真剣だったかは疑問である。筆者はただ、「沖縄の負担軽減には賛成だが自分の所には持ってくるな」という「本土」自治体がほとんどの中で、「例外」であった事実を記したにすぎない。とはいえ、もしその発言が真剣なものであったら、大阪府知事の提案を無視するのは賢明でない。関空が適切だったかどうかは別として、普天間返還のチャンスになったかもしれないからだ。

沖縄差別の解消

 2004年の秋、小泉純一郎首相(当時)が在沖基地の「本土移転」を検討した際の顛末(てんまつ)も拙著には記した。小泉首相も、筆者にとっては、イラク戦争支持や自衛隊派兵、靖国神社参拝をめぐって厳しく批判した対象だった。しかし、日本の首相が「沖縄の基地負担軽減のため」として全国自治体に在沖基地の移転受け入れを求めたことの意味は、小泉首相への好悪を別にして考えられねばならない。

 筆者の「引き取り」論は、沖縄からの基地撤去、積年の沖縄差別の解消を最優先する。在沖基地の本土移設の提案が有権者の負託を受けた有力政治家からなされたならば、それが橋下知事であれ、小泉首相であれ、鳩山首相であれ、本来の趣旨からの逸脱を警戒しつつ真剣に検討されるべきだと考える。それは、「本土」市民の「引き取り」運動が、安保支持ではあるが沖縄差別の解消を望ましいと考える決して少なくはないだろう人びとを巻き込まなければ、沖縄差別の解消を達成できないと考えるのと同じことである。

 仲里氏はこれを称して、「国家と資本のヘゲモニーの内へと連れ込まれていく」と批判するだろうか。では仲里氏は、主権国家と資本主義が揚棄(ようき)(廃棄)されない限り、沖縄からの基地撤去に反対するのだろうか。国家なき共産主義社会が実現しない限り、沖縄は基地なき島に戻ってはいけないのか。本当にそれが、沖縄の多くの人びとの願いなのか。

基地撤去の構想は?

 日本国と米国が存続し、資本主義経済が存続する限り、「安保廃棄」にしても「国家と資本のヘゲモニー」から自由ではありえない。自由でありうると思うのはそれこそ「楽観」が過ぎるだろう。安保条約が解消されたら米軍はどうなるか。多くの変数を考慮しなければならないが、米国の世界戦略と東アジア情勢に対応して「再編」されるだろう。将来もし米軍や自衛隊が解体される日が訪れたとしても、それが「国家と資本」の新たなヘゲモニーにつながらないという保証はどこにもない。「国家と資本」に絶対に利用されない在沖基地撤去の道の構想を仲里氏がお持ちなのであれば、ぜひ教えていただきたい。

 米国や日本の軍事力が完全解消される日があるとしても、在沖基地撤去をその日まで待つことはできない。「国家と資本」が廃棄される日がいつの日か来るとしても、在沖基地撤去をその日まで待つことはできない。最優先されるべきは、沖縄への基地集中を解消することであり、沖縄の軍事要塞(ようさい)化に終止符を打つことである。筆者の「基地引き取り」論は、市民の「引き取り」運動と同じく、まずはこの目標の実現に注力する。同じ目標を持つすべての人びとと協力し合っていきたい。

「戦後」語る写真

 最後に、一枚の写真について。雑誌『DAYS JAPAN』2014年7月号には「沖縄の戦後 日本による『排除』の歴史」を論じる仲里氏の文章が、國吉和夫氏の写真とともに掲載されている。その仲里氏の文章の最後のページの中央には、「日本人よ! 今こそ、沖縄の基地を引き取れ」と大書した横断幕を前面に写した写真が置かれている。キャプションは「菅直人元首相の来沖に抗議する人々。沖縄には米軍基地の75%が集中する。那覇市。2011年」。

 この写真は前掲拙著にも使わせていただいたが、横断幕もアピール文自体も「カマドゥー小(ぐゎー)たちの集い」が作成して使用したものと聞いている。雑誌の目次の「沖縄の戦後」の章題には、本文中で使われている國吉氏の写真数枚の中からこの写真だけが抜き出して使われている。だが仲里氏の文章では、沖縄からの「県外移設」要求については一言も触れられていない。

 仲里氏の文章を読む人は、この写真に写る「基地引き取り」要求を「沖縄の戦後」を象徴するものとして、少なくともその一コマとして受け取るだろう。ところが驚くべきことに、仲里氏は今回、知念ウシ氏への応答のなかで、カマドゥー小など沖縄の女性たちの「基地引き取り」要求を、「能動化されたモラルニヒリズム」、「凌辱(りょうじょく)された女性たちを2度凌辱するもの」とまで言って批判した。写真の構成は國吉氏によるのかもしれないが、映像批評家の仲里氏にとってもおろそかにはできないはずだ。なぜ仲里氏は、自らが最大級の否定辞をもって批判する運動の写真を、「沖縄の戦後」を語る文章の中心に置くことができるのか。不可解である。



 高橋哲哉(たかはし・てつや) 1956年福島県生まれ。東京大学大学院教授。専門は哲学。著書に「沖縄の米軍基地 『県外移設』を考える」「犠牲のシステム 福島・沖縄」「靖国問題」など多数。