<社説>表現巡る裁判官弾劾 罷免の前例にはするな


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<社説>表現巡る裁判官弾劾 罷免の前例にはするな
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 裁判官弾劾裁判所は仙台高裁の岡口基一判事を罷免とする判決を言い渡した。交流サイト(SNS)への投稿で殺人事件の遺族を中傷したことなどによって訴追されていた。表現行為を原因とする初の罷免である。遺族感情を傷つけたことなど、判事の行為は「表現の自由の許容限度の逸脱」と認定された。

 弾劾裁判所設置権は司法の独立に対する例外として設けられている。刑事罰を受けた裁判官らに対する過去の罷免判決と異なり、「表現の自由」が問われた。今回の判決は司法の独立に影響し、裁判官を萎縮させるとの指摘もある。今回のケースを裁判官罷免の前例としてはいけない。弾劾裁判所による裁判官訴追は厳密に運用すべきである。
 岡口氏は2015年に東京都立高3年の女性が殺害された事件に関する投稿など計13件について、国会の裁判官訴追委員会から21年に訴追されていた。
 岡口氏はフェイスブックに「遺族は俺を非難するよう東京高裁事務局に洗脳されている」と投稿。後に「洗脳」との表現は使うべきではなかったとして削除したが、遺族側は「客観的事実に反する虚偽で、遺族を侮辱するもの」と抗議書を提出した。
 表現の自由は裁判官にも認められる。しかし、遺族からの抗議を受けても投稿などを繰り返した点には行き過ぎがあったと言わざるを得ない。「洗脳されている」との投稿について判決は「遺族の社会的評価を低下させ、名誉を傷つけた責任は極めて重い」と断じた。妥当な指摘であろう。
 弾劾裁判所が罷免を判断する理由の一つに「裁判官の威信を著しく失う非行」がある。非行に当たるかどうかについて今回の裁判体は「裁判官に対する一般国民の尊敬と信頼」を基準にすべきだと判示し、岡口氏の投稿内容を個別に検討した。その結果、一連の表現行為は「著しい非行に該当する」と認定した。
 裁判官の独立や表現の自由に関する事柄だけに、限定的に個別検討を加えたのだろう。東京高裁や裁判官訴追委員会を批判した投稿については「裁判官としての表現の自由を尊重すべきだ」として罷免理由から外した。
 それでも懸念は残る。今回の弾劾裁判について各地の弁護士会からは「裁判官の表現活動を理由に罷免できる先例となる」などとし、慎重審理や罷免しないよう求める意見が上がっていた。裁判官の私的な表現活動を萎縮させるというのが理由である。
 岡口氏が12日で退官予定であったことから、判決には「罷免には疑問が残る」との少数意見も付いた。発生から3年を経過すると訴追できないと法の規定がある。これに該当する行為も訴追に含まれているとして弁護団が批判したが、この意見が考慮されたとは言えない。審理が十分であったかも含め、検証を進める必要がある。