<社説>9条への自衛隊明記 改憲の扇動は許されない


<社説>9条への自衛隊明記 改憲の扇動は許されない
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 岸田文雄首相は7日の自民党憲法改正実現本部で「緊急事態条項と併せ、自衛隊明記も国民の判断をいただく」と述べ、9条改憲に強い意欲を示した。自民は緊急事態条項を先行して進める方針だったが、岸田首相は9条への自衛隊明記も改憲の国会発議に含めると踏み込み、8月末までの論点整理を指示した。

 9月の総裁選をにらんだ保守層取り込みの狙いが透けて見える。憲法を権力掌握の材料に利用し、国民が緊急性を感じていない改憲論議を扇動しようとする危険な政治だ。「解釈改憲」による自衛隊の変質が進んだ中、平和憲法を変えた先に起きる事態を冷静に見極める必要がある。

 自民は今年の通常国会に、改憲勢力の足並みがそろう「緊急事態時の国会議員の任期延長」を軸とした改憲原案を提出する構えだった。だが裏金事件への批判が吹き荒れたこともあり、慎重意見を押し切って進めることは困難とみて原案提出を見送った。

 そもそも国民の間に改憲を急ぐべきだという声は乏しく、憲法を変えることに反対する意見も根強い。

 共同通信社が今年の憲法記念日を前に実施した世論調査で、改憲の国会論議を「急ぐ必要がある」は33%にとどまり、「急ぐ必要はない」の65%と差が開いた。改憲の進め方は「慎重な政党も含めた幅広い合意形成を優先するべきだ」が72%に上る。

 琉球新報も加盟する日本世論調査会が今月3日にまとめた平和に関する全国世論調査では、創設70年となった自衛隊の今後の在り方について「憲法の平和主義の原則を踏まえ『専守防衛』を厳守するべきだ」と回答した人が68%を占めた。

 それにもかかわらず、9条への自衛隊明記に踏み込んで改憲発議を促した岸田首相の発言は唐突であり、国民全体の関心とずれている。首相の交代論が公然と噴き出す中で、9条改正を重視する保守層の歓心を買うための言動だとすれば、「国民を置き去りにした、政治家本位の改憲議論」(憲法学者の高良沙哉沖縄大教授)の批判を免れない。

 国会の改憲論議が低調な中で、政府は憲法解釈をねじ曲げることで自衛隊の武力行使拡大を強行してきた。

 安倍晋三首相時代の2014年に集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更を閣議決定した。岸田首相も22年に安保関連3文書を閣議決定し、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を認めた。

 自衛隊明記などの9条改憲は、本来なら憲法違反に他ならない集団的自衛権や敵基地攻撃能力に法の根拠を与えてしまうことになり、「台湾有事」を念頭に自衛隊が米軍と一体で軍事作戦を行う体制が出来上がってしまう。

 再び戦場にされかねない沖縄にとって、声高な改憲論を黙って見過ごすわけにいかない。紛争の歯止めとなる憲法の役割を確認したい。

 ※注:高良沙哉氏の「高」は旧字体