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釣りの振興と安全確保、どう両立? 法改正で沖堤防渡れず、県外では条件付き利用の事例も<沖縄DEEP探る>


釣りの振興と安全確保、どう両立? 法改正で沖堤防渡れず、県外では条件付き利用の事例も<沖縄DEEP探る> 法改正前に「那覇一文字」を訪れる釣り客たち=9月27日
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 北海道・知床沖で2022年に発生した観光船沈没事故を受け、遊漁船法が改正され、今年4月に施行された。この影響が思わぬところに広がっている。釣り業界だ。

 今回の法改正で、遊漁船を運航する事業者は9月末までに安全対策などを示した「業務規定」を都道府県に提出することが義務付けられた。新たな業務規定では事業者が「立ち入り禁止」の地点に乗客を送迎することが認められなくなった。

■人気スポット

 年間約7千人の釣り客が訪れる通称「那覇一文字(いちもんじ)」などの沖堤防は、那覇港管理組合や県漁港漁場課など管理者の判断で従来から立ち入り禁止となっていたが、過去何十年にもわたって利用が黙認され、人気の「釣りスポット」として定着してきた。だが法改正を機に、渡し船業者は9月末で一斉に県内各地の沖堤防への渡船を停止している。

 渡し船を営んできた事業者からは、突然の規制強化に「生活がかかっている」と悲鳴が上がる。釣り愛好家の間にも長年親しんだ「一文字」に渡れなくなることを惜しむ声が広がっている。施設管理者が立ち入り禁止の理由とする「安全対策」を巡り、折り合いは付けられるのか―。業界では解決策を模索する新たな動きも出ている。

 堤防管理者への新たな業務規定提出の期限だった9月30日。那覇一文字への渡船をこの日で終える「丸沖つりぐ」(浦添市)で店頭に立つ長嶺優子さんは「正直、何も考えられない。明日からどうすればいいか」と戸惑いを隠せない様子でつぶやいた。

最後の釣りを終え、魚と記念撮影に納まる常連客=9月30日、浦添市伊奈武瀬の丸沖つりぐ

 父の代から40年余り、那覇一文字への渡しをしてきた。収入の8割は一文字渡しが占める。船を運航する弟の勝さんは「新たな収入源を探すために沖釣りの乗り合いなどで対応しないといけないが、ポイント探しも簡単ではない。十分に準備する時間もないまま収入源を絶たれた」とため息をつく。

 これまで行政には那覇一文字への渡しを明記して届け出て、事業を認められてきた。乗船者名簿の作成や乗客へのライフジャケット着用を呼びかけ、持参していない人には200円でレンタルもしてきた。「安全対策は取ってきた」とし、「渡しを禁止しても、荒磯などで釣りをする人が増えてむしろ事故が増えないか」と話した。

 この日訪れた釣り客の宮里吉弘さん(78)=豊見城市=は20年以上通ってきたという。「最後を見届けないと」と名残惜しそうに店での思い出を語った。

 もちろん規制する側にも理由はある。那覇港管理組合は沖堤防から釣り客が転落した場合は、重大な事故にもつながりかねないとした上で「安全が確保できないことには許可は難しいだろう」と説明する。

■解禁の可能性は

 県外でも同様に沖堤防の多くは「立ち入り禁止」とされ、今回の法改正で渡船が不可能となる場所は広がっている。

 こうした状況下、釣具メーカーなどで構成する日本釣振興会(日釣振)は規制の見直しを国に求めている。今年8月には水産庁長官らに対し、安全対策などを条件に沖堤防の釣り利用を認めるよう要請した。

 日釣振によると、水産庁側からは、沖堤防での釣り自体を規制しているのではなく、立ち入り禁止の場所に渡すことを認めていないのであり、施設管理者から利用許可を得るようにとの説明があったという。今後は業界と施設管理者との協議が鍵となってきそうだ。

 県内でも「釣り禁止」を掲げる漁港が広がる中、釣り大会の開催などができる場所は減少傾向にある。釣具メーカーなどの主催で、釣り大会も開かれてきた「一文字」の規制強化に、日釣振沖縄支部の伊佐功勇支部長は「大きな影響がある。業界にとっては釣り場がないのは死活問題だ」と危機感を示す。

 那覇一文字への渡しをしてきた「海惚(いんぶり)」(浦添市)の黒島正幸代表は「渡船ができなくなった10月に入ってから、お客さんからの問い合わせが相次いでいる。どうにかまた利用できないか模索している」と説明。日釣振沖縄支部と足並みをそろえ、安全対策を取った上での利用解禁を那覇港管理組合と協議したい考えを示した。

■「釣り文化モデル港」

 県外では同様に沖堤防の多くが「立ち入り禁止」とされる一方、一部で安全対策を条件に釣り人の利用を認めている沖堤防もある。

千葉県木更津市では沖堤防の釣り利用が解禁されており、ふるさと納税の返礼品にもなっている

 例えば千葉県の木更津沖堤防(全長約3キロ)は木更津市が管理するが、ライフジャケット着用や乗船名簿への記名などの安全対策を条件に利用を認めており、さらに市への「ふるさと納税」の返礼品として堤防への渡船券がもらえる仕組みもある。

 漁港での「釣り禁止」も広がる傾向にあるが、県外には国土交通省が指定する「釣り文化振興モデル港」もある。観光資源として防波堤の利用を認め、日釣振や関係機関が安全対策などで協力しながら「釣り文化」のために利用を積極的に推奨している例もある。多くは有料で利用され、収益は安全対策などの費用に充てるという。これらは全国に21港あるが、沖縄にはない。

 事故を受けた法改正による釣り業界への波紋。安全対策とレジャー産業振興の両立に向けて、今後の動向が注目される。 

(島袋良太、玉城文)