<南風>部屋の中の象


社会
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白木 敦士(琉球大大学院准教授)

 米国留学中に「エレファント・イン・ザ・ルーム」という言葉を学んだ。直訳すると「部屋の中の象」。巨大な象が、大草原ではなく狭い教室の中に存在する異常な状況が浮かぶ。恥を忍んで意味を尋ねると「存在が明白で誰もが知っているけれど、誰も言及したがらない話題」を指す表現であると教わった。

 今年3月、英国の国営放送であるBBCが、ジャニー喜多川氏による性的虐待疑惑を報じた。芸能界を代表する企業の経営トップによる卑劣な加害が組織的かつ長期間にわたり隠蔽(いんぺい)されてきた事実が明らかにされた。当初、ジャニーズ事務所は疑惑解明への着手を避けた。そればかりか、大手メディアも、疑惑を把握しながら、長年報道を避け続けてきた。

 最近になって「発見」された「象」は、この一頭だけではない。日本のメディアは、霊感商法を通じて多くの被害者を出してきた旧統一教会と、故・安倍元首相を含む多くの政治家との異常な関係性についても、徹底した追及を怠ってきた。

 共通する問題は、渦中の人物の存命中には、誰も「象」の存在を直視できなかったことである。メディアが沈黙を続ける中で、この2頭の「象」は、すくすく育ち、その存在感を増していった。無数の被害者の尊厳や、人生そのものを餌として。

 象に関する英語表現をもう一つ。「エレファンツ・ネバー・フォゲット」(象は決して忘れない)。象は記憶力の良い動物とされることから、「恨みを忘れない」との意味になる。日本社会に潜む「象」は、これら2頭だけではないはずだ。虎視眈々(たんたん)と仕返しの機会を狙う「象」に日本のメディアは対峙(たいじ)できるのか。我々国民はメディアの報道姿勢を一層厳しく監視していく必要がある。「象」の餌とされるのは、我々国民なのだから。

(白木敦士、琉球大大学院准教授)