<南風>ミニ四駆と防衛費


社会
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白木 敦士(琉球大大学院准教授)

 子どもの頃、ミニ四駆が大好きだった。ミニ四駆とは、プラモデルで組み立てるレーシングカーである。「車体」本体に加え、「改造」のためのさまざまなパーツが販売されており、それらを組み合わせることにより、「マシン」の性能を高めることができる。

 友だちに負けまいと、わずかな小遣いを必死にためて、高性能パーツを買ったことがある。優越感に浸るのも束の間、裕福な友だちは、私に負けじと、さらに高価なパーツを買いそろえた。不条理な現実に、子どもながらに、この「レース」には勝ち目がないと悟ったものだ。

 防衛省は、2024年度予算の概算要求において、過去最大の7兆7385億円の防衛費を計上した。「安全保障のジレンマ」という考えがある。他国の軍事脅威を理由として自国の防衛力を増強する場合、他国にとっては脅威と映り、他国のさらなる軍備増強を促す。その結果、地域の緊張は高まり、自国において、さらなる安全保障の再強化が必要になるが、自国の再強化は他国の再強化を促す結果になり、終わりがない。地域の軍事緊張を緩和する目的で行われた、自国の防衛力強化が、かえって地域間の緊張を無制限に高める結果になるという矛盾である。

 日本国民は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。日本国憲法前文だ。安全保障は、防衛力強化ではなく、他国からの信頼によってこそ確保されるとの理念を読みとることができる。日本国憲法という「ブレーキ」は、日本政府の目に入っているか。

 ミニ四駆と異なり、防衛費をめぐる「レース」には終わりがない。我々国民は、日本という暴走車の乗客だ。途中降車の許されない中、どんな「ゴール」へと向かわされるのだろう。

(白木敦士、琉球大大学院准教授)
 

<南風>部屋の中の象


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白木 敦士(琉球大大学院准教授)

 米国留学中に「エレファント・イン・ザ・ルーム」という言葉を学んだ。直訳すると「部屋の中の象」。巨大な象が、大草原ではなく狭い教室の中に存在する異常な状況が浮かぶ。恥を忍んで意味を尋ねると「存在が明白で誰もが知っているけれど、誰も言及したがらない話題」を指す表現であると教わった。

 今年3月、英国の国営放送であるBBCが、ジャニー喜多川氏による性的虐待疑惑を報じた。芸能界を代表する企業の経営トップによる卑劣な加害が組織的かつ長期間にわたり隠蔽(いんぺい)されてきた事実が明らかにされた。当初、ジャニーズ事務所は疑惑解明への着手を避けた。そればかりか、大手メディアも、疑惑を把握しながら、長年報道を避け続けてきた。

 最近になって「発見」された「象」は、この一頭だけではない。日本のメディアは、霊感商法を通じて多くの被害者を出してきた旧統一教会と、故・安倍元首相を含む多くの政治家との異常な関係性についても、徹底した追及を怠ってきた。

 共通する問題は、渦中の人物の存命中には、誰も「象」の存在を直視できなかったことである。メディアが沈黙を続ける中で、この2頭の「象」は、すくすく育ち、その存在感を増していった。無数の被害者の尊厳や、人生そのものを餌として。

 象に関する英語表現をもう一つ。「エレファンツ・ネバー・フォゲット」(象は決して忘れない)。象は記憶力の良い動物とされることから、「恨みを忘れない」との意味になる。日本社会に潜む「象」は、これら2頭だけではないはずだ。虎視眈々(たんたん)と仕返しの機会を狙う「象」に日本のメディアは対峙(たいじ)できるのか。我々国民はメディアの報道姿勢を一層厳しく監視していく必要がある。「象」の餌とされるのは、我々国民なのだから。

(白木敦士、琉球大大学院准教授)