<南風>長屋ブルース


社会
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 私、両親、妹、弟の4世帯、総勢12名は一つの建物、いわゆる長屋に住んでいる。高齢になった両親には大きすぎる実家。維持にも負担を感じ始めていた。両親の手を借りながら子育てに翻弄(ほんろう)される私は、実家、職場、保育園と3点を行き来する日々を送っていた。実家の雨漏りはそんなタイミングでやってきた。専門業者と修繕の相談をするうちに、新築も一つの方法という流れになり、ならば2世帯、いや3世帯、それなら我々もと、とうとう4世帯の「長屋新築計画」が立ち上がった。

 幸運にも素晴らしい設計士と出会い、2階建ての建物を4分割したスペースにすべての家族の希望がつまった長屋は、サプライズ付きで完成した。永年、家の中心にあった白蘭の巨木が新しい庭に「おかえり」とばかりに鎮座していたのだ。実は、家の解体前に、友人らを招き、この木とのサヨナラパーティーをしたのだが、そんなことはとっくに忘れて母は涙を流して白蘭との再会を喜んだ。

 これまでのアパート暮らしから一転し、長屋の生活は、良くも悪くもエキサイティングな出来事の連続である。我が子は小学2年生の頃、妹世帯へ「家出」を決行し、姪(めい)はおじいちゃん相手に将棋の腕を上げ、甥(おい)と我が夫はサッカー談議に花を咲かせる。時に夫婦喧嘩(けんか)に親子喧嘩、となり世帯のピンチも共に分かち合う。

 長屋暮らしもそろそろ10年目、いよいよ介護時代がやってきた。70代の両親は、年を追うごとに出来ないことが増え、些細(ささい)なことで頻繁にSOSするようになった。「テレビのパソコンがつかないの。ちょっと来て直してくれる?」(へっ、なんで母がパソコンしてるんだ)。驚いて行ってみると、小さな「リモコン」を笑顔で振っている。喧嘩も涙も笑いもたくさん詰まった長屋に、今夜も「おかえり」の声が響く。
(石原地江、有限会社アンテナ代表取締役)