コラム「南風」 世界に沖縄を知らせる


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 私が沖縄の基地問題を英語で発信し始めたのは、オンライン英字誌『アジア太平洋ジャーナル:ジャパン・フォーカス』(www.japanfocus.org)に、前宜野湾市長の伊波洋一さんのインタビュー、辺野古テント村の当山栄さん(故人)から聞いた新基地計画とのたたかいを記事にした2010年初頭でした。

同年7月には、大田昌秀元知事にインタビューする機会に恵まれました。お会いすると同時にお話は始まり、気づいたら用意していた質問は一つもせずに3時間が経っていました! この時のお話は20ページ余の英語記事「世界は沖縄を知り始めている」としてジャパン・フォーカスに掲載されています。
 この日、大田さんを紹介してくれた吉田健正さんも一緒に食事に行き、沖縄戦の話になりました。鉄血勤皇隊の一員だった大田さんは、32軍が首里から南部へ撤退するとき、負傷した日本兵から一緒に連れていってほしいと懇願されました。そのときの「学生さん! 学生さん!」という声が耳について今も毎日のように聞こえると。沖縄では、いまだ遺骨や不発弾が各地に埋まっています。戦後、傷ついた沖縄の地は癒やされるどころか、新たな戦争準備施設である米軍基地が増え続けました。東京で生まれ育った自分は、そのようななことも考えずに生きてきたことを恥じ入った瞬間でもありました。
 この日大田さんに「沖縄の役に立つにはどうすればいいですか」と助言を求めたところ、「まず何か書いたらいい」と言われました。それをジャパン・フォーカスの仲間、ガバン・マコーマックさんに伝えたところ、「一緒にやろう」と言われ、2年後の昨年夏に共著で出版にこぎつけたのが、Resistant Islands:Okinawa Confronts Japan and the United States(「抵抗する島々:日米に立ち向かう沖縄」)です。
(乗松聡子、ピース・フィロソフィーセンター代表)