コラム「南風」 サイパン慰霊の旅


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 サイパンは沖縄から南東約2300キロに位置する島で1914年に始まった第一次世界大戦時から第二次大戦終戦までの間日本の統治下にあり、そこに住んでいた人の多くは沖縄の出身でした。隣のテニアン島は、広島と長崎に投下された原爆が飛び立った島です。

 私の祖父と父は医療に携わり、祖父は戦後にフィリピンで、父は南洋への慰霊の旅からの帰国直後に急逝しました。ともに志なかばでの最期だったと思いますが、そんな祖父や父を私は誇りに思っています。忙しくほとんど家にいなかった父と、ゆっくり語り過ごした最初で最後の思い出は、サイパンで過ごした1週間となりました。今年は父の七回忌だったため、いっそう感慨深い思いのサイパンへの慰霊の旅となりました。
 数年前まで私はサイパンで、長期滞在や疾病からのトライアル旅行をする方々の滞在手配や相談・カウンセリングの仕事をしていました。多くの出会いからたくさんの貴重な経験をさせて頂きました。特に印象深かったのはMr.Angelとの出会いです。彼は広島に原爆を運んだ部隊に所属していたというアメリカ人で90歳になる今でもクリスマスシーズンに毎年サイパンに慰霊に訪れる紳士です。また、今の時代でも戦争に家族を送り出す人々もいました。日本では戦争は過去の出来事のように考えがちですが、国によっては今でもこれが現実なのです。
 正直、最初はこれらの事実をどう受け止めたら良いのかとても戸惑いましたが、目を背けたり、耳をふさぐことはやめようと決めました。そしてそれぞれの人柄や思いに触れるにつれ「戦争そのものの罪」と、そこに関わらざるをえなかった「人」や「思い」は全く別ものだということを痛感しました。戦争の事実を忘れずに、戦争のない世界の平和を祈り、願うばかりです。
(小林学美、天久台病院精神保健福祉士)