コラム「南風」 知ったかヴィーナス


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 先日大恥をかきました。
 それは私が大学時代に勉強していた芸術作品について友人と話をしていた時のこと。私はもともと美術鑑賞が大好きで、学芸員になることも夢の一つでした。

 私は友人の前でありとあらゆる美術の知識を語りまくり、調子にのって大学の卒業論文の内容までかっこつけてしゃべりました。
 「すごいね~!」と称賛され、気持ちがよくなってきたころ、「じゃあさ、ミロのヴィーナスって誰が創ったの?」。友人からの突然の質問に、とっさに私はこう答えました。
 「え? ミロでしょ」
 しかし、友人は私の顔の雲行きが一瞬あやしいのを見逃さず、本当かどうか調べ始めました。
 その結果、ドボン。
 ミロとはこの彫刻の発見地「ミロス」から取ったもので人物名ではないことが判明しました。
 そのおかげで今まで流ちょうに語ってきた自分美術論も一瞬で説得力のないただの美術うんちくに早変わり。顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしました。
 しかし、かっこつけるとだいたい失敗するのは今に始まったことではないのです。ライブをする時ほどその思いを痛感する時はありません。うまく歌おうと思うと、音程を意識しすぎて歌詞を忘れたり、うまいこと言ってやろうと思うと、MCで滑ったり、そんな経験をたくさんしてきたのを思い出しました。
 逆に不器用でも素直に自分の気持ちを表現したり、ただ自然に飾らずに歌うと、自分らしさがよりひきたって聞いている人の反応もよかったりしました。
 もうかっこつけるのをやめます。知らないことは「知らない」と言います!(笑)
 そして自分以上でも、以下でもない自分は自分であることを知ります。「自分らしく」あることが自分にとって最大の魅力ですから。
(Manami、歌手)