コラム「南風」 母の認知症状と介護(1)


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 認知症状としてよく知られているものに、徘徊(はいかい)、失禁、妄想などがある。これらのいわゆる周辺症状が本人はもちろん、介護者を悩ませ苦しめる。私の母に認知症状があらわれたのは、私が出張で家を留守にした夜のことであった。母は、玄関に布団を持ち出して寝てしまったのである。母には、「家に帰る」帰宅願望、徘徊、失禁が見られるようになった。

 特に徘徊は、事故などによる死亡にもつながるだけに、介護者の悩みの種である。警察庁の調べによると、徘徊による行方不明者が1万人余を数えるという。そして、徘徊による死亡を介護者の責任とする司法判決も出され、今後、認知症の行動抑制がさらに強まるのではないかと危惧される。
 若い時から畑仕事をしていた母は、認知症になってもよく「畑に行く」「農連市場に行く」そして「家に帰る」帰宅願望がみられた。ある夜、母の部屋に行くと「今、畑に行っていたが、雨が降ったので、荷物を畑に置き忘れてきた。取りに行かなければならない」という。私は、「僕が、さっき、畑から持ってきたから心配しないように」と答えて母を安心させる。母は「あなたは、自分のやっていることが何でも分かるから、それが不思議だ」という。このような会話が成り立つのも、母の状況をよく知っていて、母の世界を共有できたからである。しかし、今、考えると、あの時、介護者のみの理解にとどめないで、母の脳裏に浮かんだ畑仕事の状況をもっと生き生きと語ってもらう必要があったのだ。
 認知症になっても、人生で最も輝いた時のストーリーを語ってもらう介護ができていたら、母の認知症生活も少しは豊かになったのではないかと考えるからである。認知症本人の尊厳を守るためにも、当事者主体の介護への転換が求められていると、母との介護経験を通して思うのである。
(神里博武、社会福祉法人豊友会理事長)