コラム「南風」 選ばれた島―屋我地とアンティグア


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 屋我地ビーチのリニューアルレセプションが10日前に開かれました。屋我地小学校の生徒が獅子舞を懸命に披露してくれました。

 愛楽園創設者青木恵哉が沖縄に来たのは1927年。沖縄には治療施設がなく住む場所も奪われ、物乞いで生きつなぐ病者の悲惨な状況を目の当たりにし病院建設を決意しました。
 その後は苦難が続き屋部や嵐山を追われ羽地内海のジャルマ島に潜みました。その半年後に彼らは済井出の大堂原(ウフドーバル)に上陸し3年後に愛楽園が開設されたのです。
 「捨てられた島沖縄、ジャルマ、屋我地、それが『選ばれた島』となるように、捨てられていた病者が、恵みに浴すべく選ばれた器」(渡辺信夫)だったのです。
 人類史上の大病を乗り越える高邁な貢献をしたこの島には、たくさんの宝があります。三つの橋、民話と伝説に溢(あふ)れる島、海と森、豊かな動植物たち、そしてやさしい人々。
 次のアンティグア島は、97年に音楽家のエリック・クラプトンが自らも苦しんだ薬物やアルコールの依存症者のための病院クロスロード・センターを設立するため選んだ島です。中米のカリブ海の東に浮かぶ三つの島を有し人口わずか8万人の小国アンティグア・バーブーダにあります。タピックの沖縄リハビリテーションセンター病院はその1年前に設立されており兄弟のような病院だと思っています。
 突然失った長男を想って創作された「ティアーズ・イン・ヘブン」に魅入られたファンでありその病院運営が続いてほしいと注目していたのです。ヨガなどの統合医療を取り入れ外国人が87%利用する医療ツーリズムの病院です。屋我地とアンティグア、愛楽園とクロスロード・センター。医者ではない人々が痛切に求め夢を実現した病院、「選ばれた島」なのです。
(宮里好一、タピックグループ代表)