コラム「南風」 チキンと旅


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 忘れられない味がある。3年前に父と出掛けた台湾ツアー最終日。旅行会社が用意した夕飯は、世界一と称される有名店の小籠包。予約しているにもかかわらず30分以上並んで食べたその味は、さすが世界一!…とは言いがたく、私と父の感想は「那覇の青島食堂の方がおいしいねぇ」。

 こんなんじゃ台湾の夜は終われない。満腹だけど満足していないお腹を抱え、父コウエイを無理やり引き連れ、夜の町へと繰り出した。小雨の降る路地裏で見つけたのは小さな夜市。まるで活気はないが、観光客がほとんどいない純粋な異国の空気に私の胸は急速に高鳴った。そうそう、旅はこうでなくっちゃ!
 帰りたそうな父コウエイに一軒だけとお願いし、「水餃子」と書かれた店に座る。メニューを指さすと、おばちゃんが寸胴にボーンと餃子を放りこむ。間もなくして寸胴からツヤツヤと透き通った美しい水餃子がすくい出され、私たちの前に差し出される。チープな皿に10個並んだ水餃子。一口含むと肉汁が染み出てどうしようもなく旨(うま)い。ジェスチャーで美味(おい)しいと伝えるとおばちゃんが嬉(うれ)しそうにニカッと笑う。こうしたやり取りも含めた地元食との出合いこそ、旅の醍醐(だいご)味だ。その水餃子は忘れられない味となった。「観光雑誌ニ載ッテル店イッチャダメヨ!」帰りのタクシーで言われた言葉。観光地化した場所では、本来観(み)るべき地元の味や魅力に出合えないというのは、なんとも皮肉な話だ。
 私が働くチキンの丸焼き専門店にも口コミで観光客の方が来てくださる。ブエコ自ら世界一と称する味は、店長コウエイと母サチコの素朴な接客は、浦添の内間でしか出合えない旅の逸品になれているだろうか。2代目としてこの店の味わいをチキンと、いや、キチンと見極め、受け継ぎたい。
(幸喜ブエコ朝子、「ブエノチキン浦添」2代目)