コラム「南風」 憧れの沖縄で

 沖縄が本土復帰を遂げた昭和47(1972)年。当時10歳だった私は、祖母と一緒にそのニュースを興味深く見ていたことを覚えています。南国高知から見ても明るいイメージの沖縄は魅力的で、高校野球では豊見城高校や沖縄水産高校などを特別な思いで応援した記憶が甦(よみがえ)ります。

 海洋博が開催された昭和50(75)年には両親が旅行で訪問し、今は成人した子どもたちも中学生の時に修学旅行で訪れて、平和の尊さを学びました。家族からの話で素晴らしい自然と文化を持つ沖縄は、まだ足を踏み入れたことのない「憧れの島」でした。ですが偶然にも8年前に赴任が決まり、これまで職場やNPO関係者に大変お世話になりながら、独り暮らしながらも快適に、そして意欲的に活動することができています。
 このように沖縄経験の浅い私に、今回執筆機会を与えていただいた本紙の関係者、そしてコラムを読んでくださった読者の皆さんに、心から感謝申し上げます。6カ月間に及んだ執筆も今回で13回目、最後となりました。
 3D技術を中心とした業務やNPO活動などの紹介をしながら、3月にはうつ病やパニック障害の体験談も書かせていただきました。自分自身の人生をじっくり見つめ直す良い機会であったとも感じています。また、暖かい気候と人々の温かさに恵まれた沖縄の住みやすさ、鮮やかなトロピカルグリーンの海や、地域の伝統・文化の魅力、そして継続的な自然環境保全の大切さを再認識することもできました。
 私は今年、沖縄での9回目の慰霊の日を迎えます。これからも沖縄の歴史や文化を学び続け、地域の活性化に少しでもお役に立てるように頑張っていきたい。そんな思いを一層強くした半年間の貴重な経験でした。長い間、本当にありがとうございました。
(鈴木浩一、技術士)