SNSとデジタルジャーナリズム 「蜜月」の終えん<米重克洋のデジタルジャーナリズム研究>


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 米重克洋(JX通信社代表取締役)

 ここ20年、デジタルジャーナリズムを実践し、ビジネス的な成功を目指すさまざまな企業が現れては消えていった。最近は、2010年代半ば頃、新たなニュースメディアとして注目を集めたアメリカの企業が相次いで苦境に立たされている。

 アメリカのバズフィードは、2021年、優れた報道に贈られるピュリツァー賞をデジタルの媒体としては初めて受賞するなど、調査報道で注目され、ある種「権威」あるメディアになりつつあった。だが、このほどその報道部門である「バズフィード・ニュース」を閉鎖し、報道の機能は先だって買収したハフポストに統合するという。

 バズフィードは2015年から日本でもヤフーとの合弁企業として事業を展開しており、本欄の読者にも多少、なじみがあるかもしれない。日本上陸当初は新しいデジタルジャーナリズムの息吹として注目されていたが、その後ヤフーとの資本関係を解消している。バズフィード日本版も、親会社同様、報道関連の発信はハフポストに統合されることになり、かつて日本版でジャーナリスティックな記事を執筆していた記者が他部門へ異動したり、他媒体に移ったりする動きが見られる。

 バイス・メディアは、バズフィード以上に、若い世代に向けてジェンダーや貧困などの社会派的な論点で調査報道をすることで知られていた。2017年には企業価値が57億ドルと評価され、巨額の資金を調達していたが、ここ数年は広告収入の低落などで事業運営がうまくいかず、今月、経営破綻した。

 これら2社に共通するのは、主軸の収益源が広告であること、そしてアクセス数を集める源をSNS上のシェア、拡散に依存していたことだ。

 象徴的なのが、バズフィード名物と言われた「猫の写真」コンテンツである。

 フェイスブックなど主だったSNSプラットフォームは、ユーザーに適切なコンテンツを推薦、表示するためにアルゴリズムを駆使している。そのアルゴリズムは、他のユーザーに人気のものはそのユーザーにも興味を持ってもらえる、といった考え方のもと、クリック率の高さやシェアの件数の多さ、拡散の勢いなどを重視しているとされる。

 バズフィードはその仕組みに目をつけた。例えば同じ1本の記事を、違うタイトルで数種類配信して、それらの中からクリックや拡散に至る数値の良いタイトルに一本化することで、記事のページビュー数を最大化する。今では多くの媒体で活用される手法だが、それをかなり早い時期に採用していたことで知られている。

 同様に、猫や犬などの「かわいい動物」の写真や動画は、SNS上でシェアやクリックなどの反響を得やすかったため、バズフィードのコンテンツには好んで猫などの写真をまとめた記事が掲載されていた。調査報道などの硬派なニュースコンテンツと、猫や犬を主題にした軽めのコンテンツが同じサイト内で同居していたわけだ。こう書くと、ふざけているのかと思う読者もいるかもしれないが、ニュースを一人でも多くの人に届けるためのテクニックとして当時は合理的な手法だった。当時の関係者は「猫で集めたユーザーにニュースを読ませる」と自負していたほどだった。猫は使わないにしても、SNS上のシェアや拡散を重視する戦略はバイス・メディアも同様だ。

 こうした、デジタルジャーナリズム成長のための方法論は、ネット上の情報流通の主役の入れ替わりとともに変化している。初期はポータルサイトからのリンクによる送客、アクセス数獲得が重視された。次に、グーグルの台頭により検索エンジンからアクセス数を獲得するための最適化(SEO)に軸足が移った。

 その後はフェイスブックやツイッターといったSNSプラットフォームの台頭が起こり、そこにいかに最適化するかが重要になった。ニュース・報道領域以外でも、衝撃的な画像や動画でSNS上のシェア数を大量に稼ぐ、いわゆる「バイラルメディア」と呼ばれる媒体に一過性のブームが生じた。このながれを捉えながら、より本格的なニュース・報道をユーザーに届けていくチャレンジをしたのがバズフィードやバイスだったとも言えそうだ。

 それらに次ぐ、近年の新たなトレンドは「動画」である。中でも、TikTokに代表されるショート動画にはユーザーも、彼らが消費する接触時間も集中している。

 ここ10年で、スマートフォンは普及するだけでなく性能も大幅に向上した。また、通信インフラも5Gが普及するなどかなり強化されており、ユーザーはいつでもどこでも簡便に動画を見られるようになっている。5年前、10年前を思い返すと、動画の再生ボタンを押しても実際に再生が始まるまでに多少時間を要したり、再生できてもどこか動作がもっさりしたり、といったことは普通だった。今はそういう経験はほぼ無くなったと言っていい。

 こうした環境の変化に合わせて、人間の視覚、聴覚に強く作用する動画のプラットフォームが伸びたのだ。その代表選手たるTikTokに投稿される動画は、数秒、数十秒の短いものばかりだ。実は、元々は音楽に合わせて「口パク」的に映像を撮る、いわば「歌わないカラオケ」のような使い方を想定して作られており、それゆえ「リップシンクアプリ」などと言われていた。その設計こそが若い世代で一気に普及する原動力になったが、今は多様なショート動画のプラットフォームになっている。

 運営母体が中国系企業であるがゆえ、安全保障上の問題も指摘されるが、特に若年層の情報流通・消費の構造を大きく変えたその力は無視できない。そして、それらにアクセス数や広告収益を奪われたことも、バズフィードやバイスの苦戦の大きな要因だっただろう。

 苦境なのはSNSプラットフォームにユーザーの流入を頼ってきた媒体だけではない。ユーチューバーも、従来は10分前後という長めの尺の動画をユーチューブに投稿し、その中に埋め込まれる広告から収入を得てきたが、ショート動画の勢いを前に収益の低落傾向に直面している。

 ネットの世界はとにかく栄枯盛衰のスピードが速い。ユーザーの好みや行動、それに作用されるアクセスの流入源もどんどん変わっていく。各媒体がそれを追いかけて都度、アクセス数獲得のために適合しなければならないのは大変な負担である。しかも、アクセスを集めたところでそれをお金に換えるのもまた一苦労だ。

 こうした状況は、固定的に大きなコストがかかる報道機関にとっては特に大きな課題である。そこで新聞各社は、月決めの電子版に力を入れている。毎月定額でお金を払ってもらえる会員が多ければ多いほど収益基盤が安定するからだ。ただ有料会員の獲得は簡単ではない。日本では、まだどの社も電子版を紙の収益を代替できるほどの収益源には育てられていない。

 ネットが広く民生用途で普及し始めてから、30年近くがたつ。デジタルの媒体がそのビジネスとジャーナリズムを両立できるようになるまで、まだまだ遠いのが今日の状況だ。先の見えない長旅がこれからも続いていく。(米重克洋、毎月第4週水曜更新)

 ☆よねしげ・かつひろ JX通信社代表取締役。報道研究家。1988年、山口県生まれ。AIを活用した事件・災害速報の配信、独自世論調査による選挙予測など、「ビジネスとジャーナリズムの両立」を目指した事業を手がける。