住民の「目」スマホ活用で情報収集 「防災DX」の実践<米重克洋のデジタルジャーナリズム研究>


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米重克洋(JX通信社代表取締役)

 今は、大雨や台風などの気象災害が起きやすい「出水期」だ。例年6月から10月ごろまでが出水期とされるが、今年も既に今月初旬から梅雨前線の影響で広範囲に線状降水帯が発生し、河川氾濫や土砂災害が発生するなど大きな被害が出ている。

 気候変動の影響で、大雨などの気象災害は全国的に増加している。国土交通省の「水害レポート」によると、時間雨量50ミリ以上の雨の回数は、1976年から1985年までの10年間は年平均226回だったのに対して、2013年から2022年までの年平均は328回と実に約1・5倍に増加している。

 かつては台風や大雨の被害は九州、西日本を中心に多いというイメージもあったが、今や全国どこであっても大雨をはじめ想定外の災害の被害は免れないという認識に立つ必要がありそうだ。

 一方で、人口減少もあり、行政が防災のためにインフラに投資する余力がなくなるなど、行政主体の「公助」の役割には限界もある。われわれJX通信社では、そうした課題を「ニュース×テクノロジー」の力で解決して、地域の「情報のライフライン」づくりから防災、減災につなげていくことを構想している。

 その取り組みの一例として、最近、静岡県磐田市とJX通信社では「防災DX(デジタルトランスフォーメーション)」に関する連携協定を締結した。筆者も、先日その協定締結式のため磐田市に伺い、草地博昭市長と協定書を取り交わした。

 昨年、台風15号の影響で静岡県などに線状降水帯が発生した際には、浜松市での被害が注目された。磐田市はその浜松市の東隣にあり、やはり河川決壊や浸水、土砂崩れなど大きな被害が発生していた。また、冒頭に触れた今月初旬の線状降水帯の影響で、市内を流れる敷地川が決壊するなどの被害が生じている。

 こうした災害の発生時に、行政がタイムリーに状況を把握し、適切な意思決定や情報発信をしていくために地域住民の「目」となるスマートフォンを活用しよう、というのが取り組みの柱だ。

 そのために、今回の連携協定ではJX通信社の提供するAIリスク情報サービスFASTALERT(ファストアラート)を磐田市で試験的に活用するほか、無料のニュース速報アプリNewsDigest(ニュースダイジェスト)を市民に利用いただくよう呼びかけることになる。

 FASTALERTは、ツイッターなどのSNSに投稿された災害、事故などの情報をAIで分析し、発生場所などを特定する仕組みだ。元々は報道機関向けに作られたサービスであり、本稿が掲載される新聞社の多くで以前から活用されているが、最近では政府、自治体やインフラ企業等でも取り入れられている。

 今回の取り組みの肝は、FASTALETRTを活用してSNSに投稿された災害被害の状況を可視化するだけではなく、アプリの情報提供機能を使い、市民のスマートフォンから正確な情報をより多く集めていこうとする点だ。つまり、市民に災害被害の情報を提供してもらうことで、FASTALERTを通じた「公助」の強化だけでなく、地域住民の防災、減災への意識を高めて、自分の身を自分で守る「自助」、地域で助け合う「共助」をともに強化することを狙っている。

 実際、災害時に行政がSNS由来の情報を活用するアプローチには一長一短がある。短所の最たるものは、その情報の正確性だ。そして、それを検証して、より情報の精度を高めていくために必要なのが、情報に付随する位置情報である。

 SNSで災害関連のデマが投稿されるケースは枚挙にいとまがない。2016年に発生した熊本地震の際には「街なかにライオンが逃げた」という趣旨の写真つきのデマを投稿した人物が逮捕されたケースは有名だ。逮捕まで至らずとも、同種の「愉快犯」は大きな災害時には必ずと言っていいほど発生する。

 加えて、最近は生成AIの勃興により、架空の災害被害の写真を作り出してSNSに投稿するというケースも散見される。まさに、昨年の台風での静岡県を中心とした線状降水帯による被害の際にもそうした「新型デマ」の拡散があったことは、以前に本欄でも紹介した通りだ。

 当時、FASTALERTのAIは、この写真の信ぴょう性の低さを見破って「デマの疑いがある情報」としてユーザーに警告を発していた。一方、生成AIの画像生成の精度も日に日に進歩している。既に実写の写真と区別の付かない画像が大量に生成されている状況であり、画像を「作るAI」と「見破るAI」のイタチごっこの様相を呈している。あふれる情報をそのままうのみにせず、複数のデータソースや関連情報を突き合わせて、複眼的に検証できるようにしていくことは必須だろう。

 だが、そうした検証を行ううえで重要な材料となる、投稿の位置情報や画像データ自体への付加情報は、ツイッターをはじめとした各種SNSに投稿された時点で削除されている。そこで、JX通信社では、自社独自のアプリであるNewsDigestを通じて、写真や位置情報を投稿してもらう取り組みを昨年から本格的に開始した。

 NewsDigestでは、ユーザーが天気や事故、災害など身の回りの情報を位置情報つきで投稿すると、買い物でも使えるポイントがもらえる仕組みとなっている。投稿された情報はFASTALERTのAIで他のSNS等の情報と合わせて解析され、より正確で精度の高い災害情報としてまとめられたうえで、自治体や報道機関などのFASTALERT利用者やNewsDigestユーザーに届けられる。結果、NewsDigestユーザーにとっては、地域の安全に貢献するとポイントがもらえ、得をするという設計になっている。

 NewsDigestはダウンロード数が既に600万件を超えていて、磐田市内にも既に一定数のユーザーがいる。昨年、隣の浜松市で実証実験を行った際にも、浸水・冠水被害など大雨の被害の実態を可視化する有用な投稿を多く収集することが出来た。

 今回の連携協定のような取り組みは、静岡県磐田市に限らず、佐賀県武雄市、嬉野市、兵庫県三田市、茨城県常総市など全国各地で進めている。このうち、佐賀県嬉野市では、今年4月、地域住民の協力のもとNewsDigestを通じて情報を収集し、災害時のオペレーションなどを検証する防災訓練を実施した。訓練への参加で、地域の高齢者も含めて情報の投稿や共有を体験してもらうとともに、地図や写真などを用いて災害等のリスク情報をわかりやすく共有し、防災・減災のDXにつなげていく仕組みが見えてきたところだ。

 こうして地域の「情報のライフライン」を自治体との協働で作っていくことにより、行政の防災DXに寄与していきたい。さらに、人口減少時代にあって、より速くより正確な情報をわかりやすく提供することで地域の命や暮らしを守っていく、新たなローカルメディアの可能性を模索していきたい。(米重克洋、毎月第4週水曜更新)

 ☆よねしげ・かつひろ JX通信社代表取締役。報道研究家。1988年、山口県生まれ。AIを活用した事件・災害速報の配信、独自世論調査による選挙予測など、「ビジネスとジャーナリズムの両立」を目指した事業を手がける。