prime

新品割り箸での火入れ 老舗ホテルで違和感<小川糸「一筆申し上げます」>


新品割り箸での火入れ 老舗ホテルで違和感<小川糸「一筆申し上げます」> 小川糸「一筆申し上げます」
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信

 数年前になりますが、日本を代表する山岳リゾートのホテルに宿泊しました。由緒正しい老舗のホテルです。以前から憧れていた、人生で一度は泊まってみたい宿でした。

 部屋にはすてきなバルコニーがあり、大自然が一望できました。室内には時間と共に味わいを増した美しい家具が品よく置かれ、隅々にまで愛情が配られているのを感じることができました。

 レストランでの夕飯を終え、私は足早にロビーへと向かいました。このホテルの顔とも言えるマントルピースへの火入れの瞬間に、ぜひとも立ち会いたかったのです。

 心から楽しみにしていたのですが、途中から私は目を疑ってしまいました。火をおこすために、大量の割り箸が投入されたのです。確かに、乾燥していて大きさもちょうどいい割り箸は、火種とするのに便利かもしれません。けれど、使用済みの割り箸ならいざ知らず、新品の割り箸です。

 昨今、SDGs(持続可能な開発目標)は、はやり言葉のように社会に影響を与えています。地球に優しく、未来にも優しいサステナブルな取り組み。館内には、そのさまざまな実例が紹介されていました。が、私はまだ使える割り箸を火の中に次々と束で入れていくホテルマンの姿に、かなりの違和感を覚えてしまったのです。言っていることとやっていることが、違いすぎませんか?

 だって、ホテルは山に囲まれています。地面には、風で落ちた木の枝などがたくさんあります。わざわざ新品の割り箸を無駄にしなくても、そこにすでに落ちているもので火種は十分まかなえるはずです。もし、国立公園内にあるという理由で身近な場所でまきを拾うのが難しくても、何かもっと工夫することができるのではないかと思いました。ただ声高にSDGsを叫ぶのではなく。

 冬になると、私はまきを拾うのに忙しくなります。特に風が強く吹いた次の日は、絶好のまき拾い日和です。それらを拾い集め、適当な長さに手折り、まきストーブの火付け材にします。落ちた枝はとても乾燥しているので、火をつけるのにちょうどいいのです。

 同様に松ぼっくりも、とても優秀な火種になります。私は、喜々として木の枝や松ぼっくりを拾い集めます。そうしていると、自分がなんだか狩猟採集民族に戻ったようで、楽しいのです。エコは、楽しみながらやるのが長続きする秘けつかもしれません。

 またあのホテルに泊まりに行きたいと思いつつ、なんだか足が遠のいてしまいました。(小川糸、隔週木曜に更新)

 小川糸

 ☆おがわ・いと 作家。1973年山形市生まれ。デビュー作「食堂かたつむり」(2008年)以来30冊以上の本を出版。「つるかめ助産院」「ツバキ文具店」「ライオンのおやつ」がNHKでテレビドラマ化された。近作に「とわの庭」「椿ノ恋文」、エッセー集「糸暦」など。