「卵は沖縄版のめんたいこ」 旬のヒチグヮを独力で追う76歳の漁師


この記事を書いた人 Avatar photo 米倉 外昭
水深約10メートルで「ヒチグヮ」の追い込み漁をする山城善勝さん=4月17日、国頭村沖

 「昔は海人(うみんちゅ)のボーナスって言われていたけど、今はもう見向きもしない時代になったよ」。日に焼けた風貌で捕まえた魚を見せる沖縄県国頭村鏡地の漁師山城善勝さん(76)、通称「勝(かつ)さん」。水揚げした魚はこの地域の方言でヒチグヮ、ヒカーなどと呼ばれるスズメダイ。うりずんのこの時期、腹に卵を持ち産卵期を迎える旬の魚だ。「卵は絶品、沖縄版のめんたいこ。骨まで食べれば元気になって新型コロナも逃げるはず」とおどけてみせ、取れたての魚にかぶりついた。

 国頭村の沖で4月17日、サンゴ礁域の浅場に生息する体長8センチほどのヒチグヮを狙い、勝さんは追い込み漁(アギヤー)を行った。網入れから魚の船上げまで、全てを1人で行うのが勝さん流。年季の入ったお手製の潜水具を背負い海に飛び込む。サンゴが広がる水深10メートルほどで群れたヒチグヮが出迎えた。

 考案から完成まで8年に及んだという大きな網をサンゴ礁の根に沿って引く。海中を自由自在に泳ぎ回る76歳の姿はベテラン海人の域を越え、もはや魚に近い。ヒチグヮの群れとの距離を縮め「スルカシー」という白い棒で魚の行く手を阻む。「魚を脅していたら魚は取れないよ。友達のふりをするのがコツ」。追われた魚たちは網に向かって進み、いつのまにか群れた魚で網はいっぱいに膨らんだ。

両手いっぱいの「ヒチグヮ」を見せる山城善勝さん=4月17日、国頭村の辺土名漁港

 かつてヒチグヮはアイゴの稚魚のスクと並び、春先から梅雨時期にかけて旬の魚として県民に親しまれた。近年、食生活の変化で沖縄周辺の近海魚が食卓に上がらなくなり、市場やスーパーでヒチグヮの姿は見なくなった。国頭漁協ではセリに出荷しても値が付かず、ヒチグヮの追い込み漁をする人はほとんどいない。「昔は(水揚げすると)われ先にと奪い合いだった。今は食べるものと思ってない人が多いね」と寂しさをにじませる。

 久しぶりの水揚げを聞きつけた知人らが、帰港する勝さんを出迎えた。嘉手納町から訪れた女性は「おいしそう。唐揚げにする」と容器からあふれる程に魚を入れ、目を輝かせた。

 「昔の名残を忘れないために、自分で食べる分と友達の分だけ捕まえる。古くからある海の恵みや習慣を忘れないでほしい」。潮風に吹かれながら、勝さんは笑みを浮かべた。
 (文・写真 高辻浩之)