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イランによる民間機撃墜 権力闘争の影響分析を<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 3日、イラクの首都バグダッドの国際空港でイランの精鋭部隊・革命防衛隊の実力者ソレイマニ司令官らが米軍の空爆によって殺害された。イランはこれに反撃し、7日にイラクの米軍基地に十数発の弾道ミサイルを打ち込んだ。

 しかし、米国人の被害者はいなかった。イランがイラクに攻撃を事前通報していたからだ。イラクに通報すれば米軍に情報が伝わり、米国人が避難することになるとイランが計算したのだ。

 ハメネイ師(最高指導者)を含むイラン指導部は、イランが米国に対して本格的な報復を行えば、米軍から攻撃を受けることは必至で、イスラム国家体制の崩壊につながることを冷静に認識している。だから、合理的ゲームが行われている。

 むしろ深刻なのは、8日にイラン革命防衛隊がウクライナ国際航空の民間航空機を弾道ミサイルで撃墜し、乗員乗客全員(176人)が死亡した事件だ。当初、イランはウクライナ機の技術的問題だと主張していた。しかし、米国やカナダがイランが撃墜した証拠を持っていると主張したことを受けて、11日になって撃墜を認めた。

 同日、イラン政府が事実上運営するウエブサイト「ParsToday」(日本語版)はこの事件に関するロハニ(ローハーニー)大統領の見解についてこう報じた。

 〈ローハーニー大統領は11日土曜、声明を発表し、今回のウクライナ機墜落に関するイラン統合参謀本部の声明に触れ、今回の出来事に遺憾の意を表明するとともに、犠牲者の遺族や関係国とその国民に同情の意を示し、「イラン国民に対する米侵略政権の脅迫的なムードにより、イラン軍は米国から予想される攻撃に備え、防衛するため完全な臨戦態勢を敷いていた。だが遺憾な事に、人為ミスにより大事故が発生し、罪のない多数の人々の命が犠牲となった」と述べました〉。

 ロハニ大統領は率直に謝罪するのではなく、原因は米国にあったと責任転嫁している。このようなイラン政府の対応が不誠実であるという反発がイラン国内で強まり、11日夜には首都テヘランなど各地で大規模な反政府デモが起きた。イラン情勢が流動化している。

 イランでは、最高指導者ハメネイ師の強権的な神権政治に反発する人々が少なからずいる。それを力で押さえつけているのが、イスラム革命防衛隊だ。今回、イスラム革命防衛隊が民間機撃墜の事実を隠蔽(いんぺい)しようとしたのに対し、ロハニ大統領らは、真実を明らかにすべきとの立場を取った。ロハニ大統領も神権政治を支持するが、その手法は極力、民意を尊重するという穏健なアプローチだ。

 ロハニ大統領派とイスラム革命防衛隊の間で深刻な権力闘争が起きている。CIA(米中央情報局)やモサド(イスラエル諜報特務局)がこの状況を最大限に利用して、イラン内政を混乱させる工作を行っていると筆者は見ている。ソレイマニ司令官の殺害で、反米で団結していたイラン社会が、ウクライナ民間航空機撃墜事件によって分断された。

 このような状況で重要なのは、正確な情報を収集し、分析することだ。在沖米海兵隊は、中東への展開が主な任務だ。県としても、独自にイラン情勢に関する情報収集と分析を行い、沖縄にどのような影響を及ぼすかを検討してほしい。

(作家・元外務省主任分析官)