出場は大前提、メダルを ジュニアから世界見据える カヌーカナディアンペア 當銘孝仁 大城海輝〈憧憬の舞台へ〉⑧


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 かつては国際大会では入賞が見込めず「捨て種目」とされていたカヌーのカナディアンペア。沖縄水産高出身の當銘孝仁(27)=大正大出、新潟・三条市スポーツ協会=、大城海輝(26)=鹿屋体育大出、三重県体協=が、その認識を変えようとしている。世界選手権B決勝で4位入賞、アジア勢で中国に次いで2位。大会の度に結果を出し続け、今では入賞を狙える位置にいる。東京五輪を目指す2人だが、真剣ゆえに、時にペア解消が危ぶまれるほどの衝突もあった。

カヌースプリント男子日本代表合宿で練習に打ち込む大城海輝(手前)と當銘孝仁 =2019年12月17日、宜野座村の漢那ダム(大城直也撮影)

■2人の才能

 當銘は学生時代から頭一つ飛び抜けた存在だった。強いリーダーシップと発言力で、常に周囲を巻き込み、躍進を続けた。自己分析を続けてスタートに課題があると、1日300回の懸垂などで瞬発力を強化。独自のトレーニングでも腕を磨いた。2010年に沖縄県で開催された全国高校総体「美ら島総体」ではカナディアンシングル(500メートル)で日本一に輝いた。

 一方の大城は、カヌー競技でソウル五輪やバルセロナ五輪に出場した叔父・當山克也さん、日本代表経験のある母・須磨子さんを持つ“サラブレット”だ。小学校は野球でショートを守り、中学校はサッカーでボランチを務め、中心選手として活躍した。持ち前の運動神経を生かし、母の勧めで沖縄水産に入学。カヌーでも頭角を現すのに時間はかからなかった。

 才能のある2人はペアを組み、1年足らずでジュニアの世界選手権選考会500メートル、1000メートルを制し、初の日本代表入りを果たした。當銘はシングルでも優勝。当時、高校3年時の當銘は取材の際、「日本にもすごい選手がいるということを世界の人たちに見てもらいたい」と、当時から世界を見据えていた。

 當銘は大正大、大城は鹿屋体育大に進み、国体など主要大会でも結果を残し続けた。2人の実力が評価されて日本選手権で招集を受け、2013、14年は頂点に立った。現在、2人を指導する日本代表のペドロコーチは「試合の度に速くなる」と期待を寄せる。

■衝突

 先輩後輩の関係の2人。物事を決める時は當銘が前面に立った。大城について、高校時代の監督・平良祐喜氏は「意見を言わずおとなしくて心配。時々話し合って心のコントロールをしていた」と振り返る。

 昨年の世界選手権で五輪の枠をつかめなかった。最後のチャンスは、3月25日からタイで開催されるアジア大陸予選出場枠選考会で1位を取らなければならない。大一番が迫り緊張感が高まる中、宜野座村の漢那ダムで行った日本代表合宿(昨年12月)で大きな衝突が起きた。

 両親の影響でカヌーを始めた大城は、昔から純粋に「速さ」を追求してきた。合宿が近づき、焦りもあった。新たな可能性や選択肢を考え、當銘に「いろいろ(ペアを)試してみても良いんじゃないですか」と一言、提案した。

 それを聞いた當銘は「ふざけるな」と、憤慨した。10年以上積み上げた2人の経験や連係を、ないがしろにされたようで腹が立ったという。意見の相違は尾を引き、話し合いも含めて約3週間、ペアの練習はせず個々の練習を続けたという。

 結果的に日本カヌー連盟や友人、知人のフォローもあり、ペアを再結成した。今の2人にわだかまりはなく、「やるしかない」と前向きな姿勢を見せている。代表合宿では耐久レース、フィジカルトレーニングで体をいじめ抜いた。1月からはスピードに特化した練習を行っている。

 平良氏は「お互いが五輪を本気で目指して、もっと求めるようになったから。今までの彼らじゃない」と、衝突も成長への通過儀礼とみている。

■レース勘

 2人は沖縄で基礎をつくったからこそ、分かり合えることが多い。特筆すべきは「レース勘」だ。1000メートルのレースは時間にして約3分半。その中に「展開がある」と當銘は語る。これまでの日本勢は最初から最後まで全力でこぎ抜く方法だった。だが2人は先行する相手に付いていき、中盤で速度が上がる瞬間に一気に加速し、ライバルを出し抜くスタイルだ。

 中国勢などの強敵と戦う場合、スタート直後は後追いになりやすいが、相手にぴたりと付いていく。「自転車のちぎる瞬間に似ている。相手の一瞬の動きを見る」(當銘)と、勝機を逃さない。一瞬の駆け引きを数々の国際大会で磨いてきた。

 中国勢は世界選手権で五輪の出場枠を取ったため、アジア選考会には出場しない。3月のアジア大陸予選は、下馬評通りにいけば2人が優勝候補だが、中国を育て上げた経験を持つコーチが指導するカザフスタンもあなどれない。

 當銘は「五輪出場を決めるのは大前提。出るからにはメダルがほしい。沖縄の人に希望を持ってもらいたい」と、9年前と志は変わらない。大城は「いろいろな人に支援していただいている。そういう思いも含めて、応援される、自慢されるような選手になりたい」と語った。見据える先は同じだ。東京へ向け、前へ前へ、突き進む。

(敬称略)
(喜屋武研伍)