ロシア活動家の入院 プーチン政権「陰謀」説は早計だ<佐藤優のウチナー評論>


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 国際情勢に影響を与える事件に関して、真相がよくわからない場合がある。そういうときには、無理に解釈をこじつけるのではなく、なぜわからないか理由を明らかにする必要がある。

 ロシアの反体制ブロガーで政治活動家のアレクセイ・ナワリヌイ氏が、20日、西シベリアのトムスクから飛行機でモスクワに向かう途中、体調不良を訴え、飛行機はオムスクに緊急着陸した。ナワリヌイ氏は病院に運ばれたが、意識不明の重体になった。22日、ナワリヌイ氏はオムスクからドイツに飛行機で移送された。

 西側の報道を読むと、プーチン政権がナワリヌイ氏に毒を盛ったという印象を強く受ける。25日、米紙「ウオールストリート・ジャーナル」(WSJ、日本語版)は、こう報じた。

 〈ロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の治療に当たっているドイツの医師団は24日、同氏が神経ガスや殺虫剤などに含まれることの多い有毒物質を飲まされたとの見解を示した。/ベルリンにあるシャリテ病院は発表文で「患者は集中治療を受けており、依然として(医療行為による)昏睡(こんすい)状態にある」と説明。「病状は深刻だが、命に別条はない」と述べた。/同病院の医師団によると、ナワリヌイ氏は神経ガスや殺虫剤中毒に用いられる解毒剤「アトロピン」による治療を受けている。治療効果は確実ではなく、長期的な副作用に苦しむ可能性もあるという。また、医師団は毒素を特定するため検査を実施していると述べた。/ナワリヌイ氏は先週、ロシア国内を旅行中に倒れ、シベリアの都市オムスクから緊急搬送され22日にベルリンに到着した。同氏の安全を確保するため、ドイツ連邦刑事局(BKA)の武装警官が病院で護衛に当たっている〉。

 ナワリヌイ氏は、ロシア政府高官の腐敗汚職を追及するブロガーかつデモや集会を組織する政治活動家として有名だ。ただし、西側では同氏の影響力が過大評価されている。プーチン大統領にとって、ナワリヌイ氏は大統領権力を脅かすような存在ではない。

 さまざまな公開情報から判断する限り、今回、ナワリヌイ氏が毒物を飲まされたことは確実と思う。しかし、それがプーチン大統領の指令と決めつけるのは早計だ。ナワリヌイ氏に毒を盛るようなことをしても、プーチン氏が得られる政治的利益が想定されないからだ。そのような工作をすれば、「プーチンは、反体制派の暗殺を試みる独裁者だ」という批判キャンペーンが西側で展開されることは確実だ。そのような単純な予測ができないほど、プーチン氏やロシアのインテリジェンス(諜報)機関が愚かであると筆者には思えない。

 第一は、マフィア(犯罪組織)絡みのトラブルに巻き込まれた可能性だ。ロシアでは与党、野党を問わず、政治資金を獲得するためにはマフィア(犯罪)ビジネスと関係せざるを得ない。そこで深刻な利権抗争が起きて、毒を盛られたという可能性だ。この種の出来事はロシアでは珍しくない。

 第二は、西側情報機関がプーチン氏の信用失墜を狙って、プーチン政権がナワリヌイ氏を暗殺したと見せかける謀略を組んだ可能性だ。もっともスパイ映画と違って、現実のインテリジェンスの世界では、露見した場合、致命的打撃を受けるような暗殺工作をインテリジェンス機関が行うことはまれにしかない。それにナワリヌイ氏を暗殺してもプーチン政権に致命的打撃を与えることはできない。いずれにせよ事件の真相はよくわからない。

(作家・元外務省主任分析官)