社会
戦後75年・言葉を刻む 

今思えば、軍にマインドコントロールされていた 言葉を刻む(12)

今思えば、軍にマインドコントロールされていた

広島市東区、浅田四郎さん(島根県津和野町出身)

 

 1944年8月5日、オーストラリア・シドニーの近くにあったカウラ捕虜収容所で日本兵が集団脱走した。

 当時、日本軍は「生きて虜囚の辱(はずかし)めを受けず」という陸相、東条英機が通達した戦陣訓をたたき込まれていた。平穏な収容所生活の中で「こんなことをしていては内地の人に申し訳ない」と千人が「死ぬため」の集団脱走を図った。
 浅田さんも「ニューギニアで一度は死んだ身。ここで命を落とすのも、また人生だ」と即座に賛成した。結果、日本兵の死者231人と多数の負傷者を出す惨事となった。
 「戦陣訓は今でいうマインドコントロールのようなもの。カウラの悲劇を二度と繰り返してはならない」と、カウラ会会長として惨劇を若い世代に伝える活動に生涯をささげた。

(2000年、山陰中央新報取材=当時80歳)



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