ロシアの抗議行動 政権奪取へ練られた手法<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
佐藤優氏

 ロシアの反政権活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏の解放を求めるデモが23日、ロシア全土の100カ所以上で行われた。報道を総合すると全土で10万人強が参加し(モスクワでは約1万5千人)、約3500人が逮捕された。

 現状で、ナワリヌイ氏を中心とする運動はロシアにおいて数万人単位を動員できる唯一の反政権運動だ。この種の抗議運動に対する鎮圧は内務省が行う。プーチン大統領を含む政権幹部は、ナワリヌイ一味など取るに足りない勢力だと無視するのが従来の対応だが、今回は異なる。プーチン大統領自身が乗り出し、ナワリヌイ氏を名指しすることは避けつつも、抗議運動を激しく批判した。

 〈プーチン大統領は25日、「誰でも法の枠内で意見を表明する権利があるが、法を逸脱すれば非建設的で危険なだけだ。違法行為は許されるわけがない」と述べた。反政権派の無許可デモに今後も厳しく対処する考えを示した。/25日にテレビで放送された大学生とのオンライン会議で話した。(中略)/また、プーチン氏は、ナバリヌイ氏の陣営が発表したプーチン氏の私邸を巡る汚職の実態を暴露したとする動画について、「(動画で)私の所有物だとされた物は、私も私の親族も一度も所有したことがない」と否定した。動画は過去のうわさや無関係な映像の寄せ集めだとし、「国民を洗脳しようとしている」と主張した。/動画は、プーチン氏が黒海沿岸に、豪邸やブドウ園など総額1千億ルーブル(約1400億円)を超える不動産を実質的に保有しているとする内容だ。再生回数は8700万回を超え、ナバリヌイ氏の支持者以外にも反響が広がっている〉(26日「朝日新聞デジタル」)。

 筆者もナワリヌイ氏が19日に投稿したユーチューブの動画「プーチンのための宮殿。最大の賄賂の歴史」(ロシア語版)を見た。27日現在で再生回数は9500万回を超えた。ナワリヌイ氏は、プーチン氏の行動原理は三つあると強調する。第1は「あることを言っても、行動はそれとは異なる」、第2は「信頼関係は汚職によって構築する」、第3は「カネはいくらあっても足りない」だ。プーチン氏の親族、複数の愛人、KGB(ソ連国家保安委員会=秘密警察)時代の同僚によって、国民の資産が横領され、不正蓄財がなされていると弾劾する。

 この動画の作成には、西側のインテリジェンス機関の工作があるとクレムリン(ロシア大統領府)は見ている。動画の末尾で、ナワリヌイ氏は「諸君が貧しいのは、プーチンらごく一部の権力者によって収奪されているからだ。諦めず、恐れずに街頭に出よう。権力を国民に取り戻すのだ」と訴える。

 ナワリヌイ氏は、権力奪取を真剣に考えていると思う。その手法が政治工学的によく練られたものであることが、斎藤幸平氏(大阪市立大学准教授)の『人新世の「資本論」』を読むとわかる。

 〈「三・五%」という数字がある。なんの数字かわかるだろうか。ハーヴァード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、「三・五%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである〉(斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書、2020年、362ページ)。当面は、ロシア当局はさまざまな理由を付けてナワリヌイ氏の拘束を続け、デモは力によって徹底的に抑え込むことを試みる。その先、どうなるかについての明確な対処方針をクレムリンは構築できていないように思える。いずれにせよナワリヌイ氏の取り扱いを間違えると政権危機につながるとの認識をクレムリンは持っている。 

(作家・元外務省主任分析官)