ローマ教皇のイラク訪問 米国との関係、より強化<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 バチカン(ローマ教皇庁)が、中東外交で攻勢に出ている。5~8日、フランシスコ教皇がイラク各地を訪問した。教皇のイラク訪問は史上初の出来事だ。

 〈イラク訪問中のローマ教皇フランシスコは7日、北部クルド人自治区の中心都市アルビルで大規模ミサを執り行った。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、3万人収容のスタジアムで参加者を最大1万人に制限して実施した。/教皇は「親愛なるクルドの人々」と呼び掛け、イラクが過激派組織「イスラム国」(IS)による破壊などから再建を進めていることを念頭に「これからもイラクは常に私の心にある。平和な未来のため一つに結束し取り組もう」と訴えた〉(8日、本紙電子版)。

 キリスト教にはエキュメニズムという考え方がある。これは古代ギリシア語で人間が住む土地を意味するオイクメニエを語源とする。当初、エキュメニムズは全世界のキリスト教徒を再統合することを目標としていた。最近では、キリスト教徒だけでなく、他の宗教を信じる人、あるいは神や宗教を信じない人々を含め、全ての人間が平和裏に共存していくことをエキュメニズムと呼ぶ傾向が強い。現在のフランシスコ教皇はエキュメニズムを積極的に推進している。カトリック教会は、宗教間対話という手法を通じて影響力をイラクに拡大しようとしている。

 イラクには、5世紀に異端視されたネストリウス派のキリスト教徒が住んでいる。また、16世紀にネストリウス派から分離しカトリック教会と合同したカルディア派(東方典礼カトリック教会の一派)も影響力を持つ。サダム・フセイン政権時代のタリク・ミハイル・アジズ外相(1936~2015年)もカルディア派だった。現在、カトリック教会とネストリウス派教会の関係は良好だ。バチカンはアラブ諸国に点在する、かつては異端とされていたキリスト教会との関係改善を積極的に行っている。それに加え、地域紛争の調停者としての政治的役割をフランシスコ教皇は演じようとしている。

 興味深いのは、イランがローマ教皇のイラク訪問に強い関心を示していることだ。イラン政府が事実上運営するウエブサイト「ParsToday」(日本語版)は7日に、教皇のイラク訪問の意義について〈フランシスコ法王のこのたびのイラク訪問は極めて明確な目的を持ったものであり、その宗教的位置づけは勿論(もちろん)のこと、その憂うべき社会的状況を示しているとともに、今回の訪問および、キリスト教とイスラム教の2人の宗教指導者の会談には特定の政治的意図がない、と結論付けることができるでしょう〉と論評した。

 この論評は奇妙だ。なぜなら中東において宗教的、社会的に意義のある事柄は、必ず政治性を帯びるからだ。イラクでも政治と宗教が緊密に結びついている。イランは本音では、教皇がこのタイミングでイラクを訪問した最大の目的が、キリスト教の教勢拡大であると見ている。イランは中東地域にカトリック教会の影響力が拡大することを警戒している。イランが教皇庁に政治的意図を持ってほしくないという願望が、このような表現で示されたのだろう。

 ちなみに今回のフランシスコ教皇のイラク訪問は、バチカンと米国の関係を一層強化する効果をもたらす。米国のバイデン新大統領はカトリック教徒だ。米国歴代大統領でカトリック教徒はケネディ氏とバイデン氏の2人だけだ。バイデン氏は一人のカトリック教徒として、今回のローマ教皇のイラク訪問を歓迎していると思う。

(作家・元外務省主任分析官)