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進む法改正と新法 無限定な私権制限 議論なき国会に報道も加担<メディア時評> 


この記事を書いた人 Avatar photo 慶田城 七瀬
土地規制法を大きく報じる在京紙。読売新聞、産経新聞は1面トップの扱いだ(画像を加工しています)

 この1カ月、日本国内では、国民の命か五輪開催かといった自明の問いが政党間で真面目に議論されている。あるいは、マスク会食の実施確認に覆面調査員を各店舗に派遣するとか、午後8時以降のネオン消灯を要請といった、戦時中を思い起こすような非科学的対応策を自治体間で競い合う状況に陥ってもいる。一方でドイツの連邦憲法裁判所は、温室効果ガスの政府方針に対して施策が不十分であるとして違憲判決を下した。そのキーワードは「未来の世代の基本権」――2050年を見据えて国家の方向性を語る国との差は、こうしてどんどん大きくなっていく。

 都合のよい運用

 来週にも成立しそうなデジタル関連法案(詳細は前月当欄参照)によって、全部改正されできあがる新・個人情報保護法は全部で185条だ。審議している国会議員は、本当に通して読み、理解できたのだろうか。きちんと吟味をする時間もなかったのか、しかも無理やり複数の法律を一緒にしたため、やたらと複雑な構造で、解読に注意が必要な代物になってしまっている。
 その結果、解釈はもっぱら行政機関に委ねられることになりがちで、ますます政府の都合のよい運用、すなわち保護よりも利活用を優先した情報管理がまかり通ることになるだろう。あるいはその分かりづらさ以上に問題なのは、住民一人一人の大事な個人情報を、きちんと守ろうという基本的な「思想」が見えないことだ。そこにあるのは、行政機関や企業が個人データを、いかにストレスなく自由に使えるようにするかという思惑だけだ。
 にもかかわらず、与野党とも本格議論には及び腰で、早期成立に向けて粛々議事を進めている。議員の仕事は、その法案が持つメリットだけではなくデメリットについてもきちんと検証し、次の世代が思わぬ落とし穴にはまらないようにすることのはずだが、その前段の正しい理解さえも阻むのが今回の束ね法案だ。

 報じられない情報

 そうした議論なき国会審議に一役買っているのがメディアであることを否定しえない。今回の法案が個人情報保護法の抜本改正であるという報道は、テレビではほとんど聞かないし、新聞でも極めて限定的だ。むしろ、コロナ禍における給付金の支給遅れをデジタル化されていないためだと言い繕い、マイナンバーカードの利便性を喧伝(けんでん)し、その普及のための大量の広告を流し続けている。
 マイナンバーカードについて言えば、すでに公務員とその家族に義務化し、健康保険証との一体化も進めている(これまたシステムの不備で実施が先延ばしになってはいるが)。今後は自動車免許や国家資格情報の搭載、さらにはスマートフォンへの実装も正式に予定化された。生体情報(指紋、顔認証等)を搭載することも決まっている。並行して今回の法改正で、銀行等の口座の登録も事実上義務付けられることになったが、「これ1枚」で済ませることができる社会は、それだけ情報漏洩(ろうえい)や悪用の危険性も高まるということだ。
 そもそも、マイナンバー制度開始時の重要な約束事は、自己情報コントロール権の実効化として、マイナポータルで本人情報の開示が受けられることであった。しかし実際は、匿名化によって形骸化している以上に、そもそも、「誰がどのような情報を保持しているか」という基本的な事項でさえ、本人が知るのは困難な状況だ。いかに政府が、この点に無関心であるかの証左である。

 将来に禍根

 こうした消極的加担ということでいえば、無限定に進む私権制限も同じだ。街頭インタビューでも「感染を抑えるためにはやむを得ない」という声ばかりが流れる。
 しかし、緊急事態やまん延防止等重点措置における酒類提供禁止は、新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令5条の5第8号の規定を適用する場合として、厚生労働省告示182号(2021年4月23日)の1条4号と2条4号で「入場をする者等に対する酒類の提供の停止」として規定されているにすぎない。一つ前の3号はカラオケの使用停止の条項で、この二つ(計四つ)が「新設」条項だ。この意味するところは、政府が政令や告示を自由に定めるだけで、勝手に私権制限を拡大できるということにほかならない。
 しかもこのまん延防止等重点措置下での酒類提供禁止は、脱法行為と国会審議のなかでも指摘されている(そもそも緊急事態宣言でも、こうした要請が想定されていたかどうか不明確だ)。なぜなら、2月の国会で特措法担当の西村康稔経済再生相が、「重点措置では、営業時間の変更を超えた休業要請は含めない」と答弁しているからだ。
 ということは、居酒屋などの飲食店では、酒が飲めないことは実質的な休業を意味することからすると、アルコールNGは国会での答弁に反することになる。これを「あくまで酒を提供しないでという要請に過ぎない」と強弁する政府は見苦しいだけではなく、すでに法治国家の体(てい)をなしていない。
 今国会では、さらに土地利用規制法(重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案)の審議が予定されている。年明け以降、一部の新聞で大きく必要性が報じられ続けている一方、本紙ではいち早く社説等でその問題指摘がなされている。
 そこでは、米軍・自衛隊基地等周辺の土地所有者に対する「情報提供」を求める条項がある(7条)。これは自衛隊・警察等による住民の思想信条を含む情報収集を法的に可能にするもので、過去行ってきた住民監視活動を合法的に拡大させるものだ。原案は、主要政府施設のほか放送局など幅広く市街地を含むもので、ドローン規制法の例からすると、いったん成立すると、次々対象が拡大されることが容易に想定される。
 こうした無限定な私権制限が、「国家安全保障」や「緊急事態」名目で進むことは、将来に大きな禍根を残す。
 (専修大学教授・言論法)
 (第2土曜掲載)

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 本連載の過去記事は本紙ウェブサイトのほか、「愚かな風」「見張塔からずっと」(田畑書店)で読めます。