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小林賢太郎氏の解任 虐殺の過ちに危機認識を<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 22日午前、東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長が、開閉会式の制作・演出チームで「ショーディレクター」を務める小林賢太郎氏(48)の解任を発表した。20数年前、小林氏が芸人だった過去にホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を揶揄(やゆ)するコントを発表し、ビデオで販売していたことが発覚して、まずインターネット空間で問題視され、米ユダヤ系団体が非難し、さらに新聞、テレビなどが報じたからだ。

 組織委員会は迅速に対応したと思う。橋本氏は「過去に歴史上の痛ましい事実を揶揄するセリフを使用していたことが分かりました。これを受け、本日解任することにしました」と述べた。また、同日夕刻、菅義偉首相もぶらさがり会見で記者団に「言語道断。全く受け入れることはできない」と述べ、秘書官を通じて組織委員会に同様の内容を伝達したことを明らかにした。組織委員会も政府も強い危機感を持っている。

 他方、小林氏が解任に当たって発表したコメントは、全く不十分だ。問題となったコントでのセリフについて「かつて私が書いたコントのセリフの中に、不適切な表現があったというご指摘をいただきました。確かにご指摘のとおり、1998年に発売された若手芸人を紹介するビデオソフトの中で、私が書いたコントのセリフに、極めて不謹慎な表現が含まれていました」と述べているが、「不適切な表現」「不謹慎な表現」という認識が甘すぎる。

 ホロコーストは、ユダヤ人がナチスによってユダヤ人であるという属性だけで大虐殺された人道上絶対に許されないものだ。

 コメントで小林氏は「人を楽しませる仕事の自分が、人に不快な思いをさせることは、あってはならないことです。当時の自分の愚かな言葉選びが間違いだったということを理解し、反省しています。不快に思われた方々に、お詫びを申し上げます。申し訳ありませんでした」と述べているが、この問題は「不快に思われた方々に、お詫びを申し上げます」というような、不快というレベルの問題ではない。ホロコーストに対する小林氏の認識は不十分で、事態の深刻さを理解していない。

 22日、ヤッファ・ベンアリ駐日イスラエル大使は、ツイッターに英語で「駐日イスラエル大使として、またホロコーストで生き残った者の娘として、有名なコメディアンで現在、東京五輪・パラリンピックの開会式ディレクターである小林賢太郎の過去における反ユダヤ主義的発言を聞きショックを受けた」「小林の反吐(へど)が出るような行為に対する強い非難を表明する。この行為は日本や五輪と関連していない。私は午前中にこのディレクターを解任した組織委員会の迅速な反応を評価する」と書き込んだ。

 ベンアリ大使の悲しみと怒り、同時にこの問題が五輪や日本との関係に与える悪影響を極小化しようとする配慮が伝わってくる。

 ホロコーストは、過去にあった歴史ではなく、この教訓から学び続けないと人類がまた同じ過ちを繰り返すかもしれない危機認識を持って、向き合わなければならない問題だ。この点に関する認識が日本のマスメディア、政治家、有識者において明らかに不足している。

(作家・元外務省主任分析官)