「丸ごと商品化される沖縄」いいの? ファシリテーター石垣綾音さんの葛藤 藤井誠二の沖縄ひと物語(34・最終回)


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 那覇市の新都心を見下ろすカフェのテラス席で石垣綾音さんと話をした。テーブルの椅子から立ち上がると新都心がぐるりと一望できる。県立博物館・美術館の前の広い道路が片側車線だけが渋滞している。

 「歩道も狭いし、横断歩道もない。緑も少ない。お年寄りは特に歩きにくいと思います。それに、おもろまち駅前からメインプレイスまでをつなぐ道が人間が歩いて楽しいように設計されてない。ただ大型免税店のDFSと直結しているだけで、歩きたくなる魅力がないのが欠陥です」

魅力的な公共交通のあり方とまちづくりについて考え、発信し続ける石垣綾音さん=那覇市おもろまち(ジャン松元撮影)

 確かに、おもろまち駅に限らずモノレールの駅前は「駅前商店街」の類はほとんど見られず、「ただ降りる」だけの機能しか果たしていないとぼくも感じる。

 「県の道路政策では渋滞解消として道路をどんどん通していますが、それはかえってクルマを増やすだけです。渋滞は放置しておいて、自転車が走りやすい道を整備するとか、公共交通機関を充実させるほうが合理的な選択なんです」

 「そうしたらクルマは自然に減っていく。クルマ以外に移動手段がないから、県民もクルマを使うし、観光客はレンタカーを使う。だから渋滞が増える。交通形態を抜本的に変えるまちづくりについて議論をしていくべきなんです」

 モノレールが延伸されたのは喜ばしいことだが、浦添市や宜野湾市の方から駅までクルマで行って、そこから那覇に行くために巨大な駐車場を作る発想では、駅を中心とした街づくりは望めないだろう、とぼくも思う。

意見を吸い上げ

 沖縄県の次の10年の施策を決める「沖縄振興計画」に対するパブリックコメントを集約していく作業を石垣さんは一段落つけたところだった。沖縄には「21世紀ビジョン」という2011~2031年の県のあるべき姿を描き、その実現に向けた県民や行政の役割などを明らかにするための計画があり、「沖縄振興計画」は10年おきに新たに立てられる。

 そこに県民の声を反映させるため、石垣さんは諸問題にわたって活動するNPOや学習会グループ、企業などに声をかけ、23の分野にわたって現場からの意見を吸い上げた。「貧困対策」「交通」「環境」「歴史・地域教育」「インクルーシブ」「多文化共生」「八重山圏域」「物流」「観光」「食と農」「宮古圏域」「平和教育」「女性支援」「性の多様化」などだ。

 「そもそもパブコメ(パブリックコメント)を集めようとして始めたプロジェクトじゃなかったんですが、振興計画が新しく出るので自分たちなりの提言を出したいと思っていたら、ちょうど県からパブコメ制度が出た」からアクションを起こした。

 いま沖縄県は、2022年度以降も沖縄振興特別措置法や沖縄振興開発金融公庫などの延長を求めている。

 「沖縄だけが国税の交付金の交付の仕方が特殊で、たとえば他の県だったら、文部科学省だったら文部科学省にひもづけされた交付金なんです。沖縄戦で破壊されたハードやソフトを本土並みに復興するために沖縄独自に使える一括交付金が付けられてきたんですが、沖縄振興計画はその延長線と考えればわかりやすいです」

誰もが当事者

那覇新都心の歩道でほほ笑む石垣綾音さん

 今回、石垣さんがとくに強調したいくつかのイシューの中には「SDGs(持続可能な開発目標)」がある。「県の出している骨子には経済と環境と社会のバランスを取ると言っているけれど、人間社会も経済活動も地球環境があってこそ成り立っていることを理解してほしい。また、SDGsは国際人権法に基づいたアプローチで、誰でも当事者になりえる、という発想なんです。そのために開発と保全の地域を分ける、マイノリティーだけに言及するのではなく、ユニバーサルな記述等を求めました。環境の危機的状況を脱するために、すでに稼働しているものにも化石燃料をなるべく使わないようにしてほしいとも」

 抽象的な曖昧さが残る「骨子」に具体性や実効性などを求めていくもので、貧困問題も、性の多様性の問題もすべてが、誰もが当事者になりえる可能性を石垣さんは強調した。

 「箱モノばかり作ってきて、あとさき考えないで開発や利権だけを見越してやっている人もいるし、それとは違う発想で沖縄を良くしていこうとしている人もたくさんいます。私も目の前の生活の問題を何とかしていくほうが大事かと思うんです。観光面についても、今の沖縄はすでにオーバーツーリズムだという県民の意識調査もあります」

 ハワイ大で観光や開発、都市計画について学んだから、沖縄とハワイの差異がはっきりと見える。観光でやってくる人たちの沖縄での滞在時間はハワイより長いが、落とすおカネが沖縄のほうが少ない。

 「ハワイは開発と自然保護をゾーニングしているが、沖縄はどこにでも同じようなリゾートを作っている。観光のために、沖縄全部を商品化するという発想がおかしくて、きちんと沖縄独自の伝統文化を紹介しながら、リゾート的な側面と分けなければ観光立県としての沖縄の未来はなくなっていくと思います」

実生活との差

 まちづくりは建物の話だけではない。「食」も地域の生活の一部なのだから、「スローフード」の活動に参加している。一般的には地域の伝統食や調理法を守り、食事をゆっくりと食べることだが、社会運動としては1986年にイタリアで提唱された。すでにいくつかの地域で、島野菜を学校で育てて食べるという実践がおこなわれているが、「沖縄の食文化は戦争でいったんリセットされちゃって、アメリカから食べ物が入ってきた。それをもとに戻していきたい」という石垣さんの言葉が印象に残った。

 「私は1990年生まれで、NHKの沖縄を舞台にした連続テレビ小説ドラマ『ちゅらさん』(2001年上半期)や、沖縄発の音楽や食べ物、自然、移住ブームなど、沖縄というものがどんどん『消費』されていくのを小学生のときから実感していました。メディアが流す“おばあ”キャラや、チャンプルーなどの料理に象徴される”沖縄イメージ”と私たちとの生活の乖離(かいり)がすごかったんです。こんな人はいないし、こんな料理いつも食べてないって。ステレオタイプの沖縄像に辟易(へきえき)していました」

 あるとき母親が口にした言葉をいまもよく覚えている―「いろんな人が来たいと言っている沖縄に、当の私たち県民は実際に住んでいるのか?」。

 沖縄の文化や歴史が県外で「商品化」されればされるほど、実生活とのギャップに多くの沖縄県民は葛藤を感じていた。それが、いまの石垣さんの活動の源泉にある。

(藤井誠二、ノンフィクションライター)

(おわり)

いしがき・あやね

 1990年那覇市生まれ。まちづくりファシリテター、IAF認定プロフェッショナルファシリテーター、ハワイ大学マノア校都市・地域計画学部修士課程修了。ハワイで現地の都市計画コンサルタントで働き、帰国後、株式会社国建まちづくり計画部に入社。2019年に「こみゅとば」として独立。県内各地の個人や団体ををつなぎ、防災・観光・教育・歴史・食文化など多分野にわたってパブリックマインドの醸成に取り組んでいる。

 

 ふじい・せいじ 愛知県生まれ。ノンフィクションライター。愛知淑徳大学非常勤講師。主な著書に「体罰はなぜなくならないのか」(幻冬舎新書)、「『少年A』被害者の慟哭」など多数。最新刊に「沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち」。