<書評>『思事のあても』血の通った琉球史の物語


社会
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『思事のあても』与並岳生著 新星出版・1650円

 現在、沖縄で最も旺盛に執筆活動を行っている、与並岳生の最新刊である。

 過去、琉球王統記、玉城朝薫、アカインコ、百十踏揚等々、琉球史に名高い人物を主人公として書いてきた与並が、今回はどんな人物を取り上げるのだろうと興味を持って読み始めた。

 注目すべき、今回の主人公は湛水親方と羽地朝秀。

 今回も与並節炸裂である。

 物語は1633年の御冠船来航から始まる。時代は明清交替の激動期。清は明のあとを襲って建国はしたものの、明の遺臣たちの反清活動によって、まだ絶対的な基盤を築き上げるまでには至っていなかった。琉球は、そのうねりの中で翻弄(ほんろう)されていく。さらには1660年の首里城炎上等によって財政は逼迫(ひっぱく)し、苦しいやりくりを続けていた。まさしく内憂外患の時代であった。

 そんな中登場してきたのが、尚真王の次男、尚維衝の血をひく羽地朝秀。その剛腕ぶりで、琉球を改革の渦の中に巻き込んでいく。その羽地の改革の中で、運命を翻弄(ほんろう)されていく希代の三線音楽の名手・湛水親方賢忠。

 与並は、その2人を軸に明・清・薩摩を交えながら、羽地の琉球再建に向ける思い、湛水のやるせない思い等々、自由自在に物語を展開していく。また本書は、単なるエンターテイメントではない。尚質王や、「北谷・恵祖事件」で知られる北谷親方や恵祖親方をはじめ、吉屋チル、平田典通、喜安など数多くの琉球史に残る著名人が描かれているのも魅力のひとつ。それら、息をも継げない内容に読者もまた、本書の内容と同じように翻弄されることだろう。

 そして本書の中で触れられる琉球芸能のワンシーンや、末尾に書かれている琉歌の解説、読み人知らずだと伝えられている歌の作者の解明などは、琉球芸能に精通する与並の真骨頂といえるだろう。

 『中山世鑑』や『球陽』を読むだけでは味わえない血の通った物語を、今回も本書で、与並は私たちに与えてくれた。

 (宮城一春・編集者)


 よなみ・たけお 1940年宮古島生まれ、作家。新聞小説を中心に琉球歴史小説を発表。著書に「続・琉球王女百十踏揚 走れ思徳」「アカインコが行く」「新琉球王統史」「新釈 宮古島旧記」など。

 


与並岳生 著
四六判 280頁

¥1,650(税込)