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トッド氏の戦争観 無意識に文化、伝統対立<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 ウクライナ戦争に関するフランスの人口学者で歴史学者のエマニュエル・トッド氏の見方が興味深い。まずトッド氏は経済の新自由主義化が地球規模で進む過程で「生産よりも消費する国」と「消費するよりも生産する国」に世界が二分化されたことを指摘する。

 <まず経済のグローバリゼーションが進むなかで、「生産よりも消費する国=貿易赤字の国」と「消費よりも生産する国=貿易黒字の国」への分岐がますます進んでいることが確認できます。/その地理的分布を見ると、ロシア、中国、インドという米国が恐れている三国がユーラシア大陸の中心部に存在しています。ロシアは「軍事的な脅威」として、中国は「経済的な脅威」として、インドは「米国になかなか従わない人国」として、それぞれ米国にとって無視できない存在なのです。ここで重要なのは、この三国がともに、「産業大国」であり続けていることです。ロシアは、天然ガス、安価で高性能な兵器、原発、農産物を、中国は工業完成品(最終生産物)を、インドは医薬品とソフトウェアを世界市場に供給しています。/それに対して、米国、イギリス、フランスは、財の輸入大国として、グローバリゼーションのなかで、自国の産業基盤を失ってしまいました。/この両者の違いを人類学的に見てみましょう。「生産よりも消費する国=貿易赤字の国」は、伝統的に、個人主義的で、核家族社会で、より双系的で(夫側の親と妻側の親を同等にみなす)、女性のステータスが比較的高いという特徴が見られます。/「消費よりも生産する国=貿易黒字の国」は、全体として、権威主義的で、直系家族または共同体家族で、より父系的で、女性のステータスが比較的低いという特徴が見られます。/要するに「経済構造」と「家族構造」が驚くほど一致しているのです>(エマニュエル・トッド〔堀茂樹訳〕「我々はどこから来て、今どこにいるのか 上」文藝春秋、2022年、7~8頁)

 経済構造と家族構造が一致しているというトッド氏の見方は実に興味深い。沖縄も日本も類型的には権威主義的で直系家族(太平洋戦争後、核家族化が進んだが、価値観としては現在も直系家族的だ)なので、英米(アングロサクソン)的価値観とは相性が良くないということになる。

 ウクライナ戦争の背景にも家族制度からもたらされる身体化された価値観があるというのがトッド氏の見方だ。

 <現在、強力なイデオロギー的言説が飛び交っています。西側諸国は、全体主義的で反民主主義的だとしてロシアと中国を非難しています。他方、ロシアと中国は、同性婚の容認も含めて道徳的に退廃しているとして西側諸国を非難しています。こうしたイデオロギー(意識)次元の対立が双方の陣営を戦争や衝突へと駆り立てているように見え、実際、メディアではそのように報じられています。/しかし、私が見るところ、戦争の真の原因は、紛争当事者の意識(イデオロギー)よりも深い無意識の次元に存在しています。家族構造(無意識)から見れば、「双系制(核家族)社会」と「父系制(共同体家族)社会」が対立しているわけです。戦争の当事者自身が戦争の真の動機を理解していないからこそ、極めて危うい状況にあると言えます>(前掲書10~11頁)。

 筆者もトッド氏の見解に近い認識だ。民主主義VS独裁というアングロサクソン流の単純な二分法ではなく、各国の文化や伝統を尊重した棲(す)み分け型の世界秩序に転換する必要がある。

(作家・元外務省主任分析官)