復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉11月14日「アルミ進出断念/日軽金」―琉球新報アーカイブから―


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」した1972年11月14日の琉球新報1面トップは、「衆院解散、総選挙へ/20日公示、12月10日投票/『安保』『列島改造』などが争点/〝転換期〟への選択迫る/国民に信を問う田中内閣」との見出しで、12月10日投票に向けた選挙戦への踏み出しを告げている。関連で「激戦避けられぬ/自民、革新とも過熱気味」と、保革の選挙に向けた準備の様子を伝えている。沖縄選挙区では「山川氏が出馬声明」と、元立法院議長の山川泰邦氏が自民党の公認を受けられなかったが出馬する意向を正式に表明した様子も掲載している。

 総選挙に向けた関連記事が1面を大きく埋める中、2番手の左肩には「アルミ進出断念/日軽金〝石川以外応じない〟」との見出しで、先ごろ沖縄県の公害対策連絡協議会が石川地域への誘致は好ましくないとの結論を出したことで沖縄県も石川以外での誘致を模索しようとする中で、進出企業側が石川以外はあり得ないとの見解を示したことを伝えている。

 記事では、本土大手アルミ精錬5社でつくる沖縄アルミニウム(那覇市、社長・中山一郎日本軽金属社長、資本金1億8千万円)の幹事社の日本軽金属が「地元が誘致拒否するならやむを得ない。石川市以外への立地は、どんなに条件がよくてもあり得ない」と述べたことを紹介している。沖縄アルミは、日本軽金属と昭和電工、住友化学、三菱化成、三井アルミのアルミ5社で構成されている。背景として構成5社が「公害企業の誘致に反対する地元の根強い住民運動の高まりとアルミ精錬そのものが過剰生産気味であるという内部事情から『地元の反対を押し切ってまで進出する必要はない』として早くから沖縄進出に消極的だった」との事情も紹介している。

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。