復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉12月4日「ホワイトビーチにベトナム帰還兵か」―琉球新報アーカイブから―


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 

 日本「復帰」した1972年12月4日の琉球新報1面トップは、「ソウル市民会館で大火/死者51、負傷76人に/満員の歌謡ショー混乱」との見出しで、韓国で起きた大規模火災発生を現場写真とともに伝えている。関連で、韓国では前年暮れにほてる大火(死者164人)があっただけに「韓国政府に打撃」との記事も併置している。

 2番手の左肩は「ベトナム帰還兵か/ホワイトビーチに米軍艦6隻入港」との見出しで、勝連村の米軍ホワイト・ビーチに「ヘリ空母オキナワ」など米艦船6隻が入港したことを掲載している。船団から在沖米海兵隊基地に数千人の兵士が帰ってきたと伝えている。記事では乗組員の話として「ホワイト・ビーチから空母は直接米本国へ帰る。これはベトナム和平締結を予想した帰還命令だと受け取っている。だが、上官からはベトナム和平について、正式になにも知らされてない」と紹介している。

 終盤を迎える衆院選に関連して「那覇、中部に攻勢/衆院選8候補/浮動票固めに全力」との動向を伝えている。関連の「選挙レーダー」は「〝ゴールまであと一歩〟とハッパ」との見出しを掲げる。

 隣には「宜野座村長に末石氏」と任期満了に伴い3日実施された宜野座村長選の結果を伝えている。

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 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。