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大変なことは気付きにくい<伊是名夏子100センチの視界から>142


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
イラストも描き、手作りした結婚式の招待状

 夫がインフルエンザにかかり、子ども2人は元気なのですが、インフルエンザのまん延で次々と学級閉鎖。私は仕事がたまり、子どもとずっと一緒なのもイライラし、どうにか乗り切る毎日です。病気の嵐なのは冬にはよくあることだし、コロナ禍で感染対策に慣れてきたので、パニックにはなりません。何より子ども2人が元気なことはありがたいです。しかし今朝、子ども2人がやっと登校し、1人になった途端、疲れが出てきました。

 我慢や無理をしている時、自分では気づきにくいですよね。時間にも気持ちにも余裕がなく、目の前のことをこなすだけで精いっぱい。たとえ自分の気持ちに気づいたとしても、落ち込まないように、わざと考えないようにすることもあります。

 今思うと2歳差の子ども2人を育てるのは、本当に大変でした。子どもがぶつかって寝られないのも、呼び止められてトイレを我慢するのも、やることに追われてお茶を飲めないのも仕方のないことだと思っていました。1人ではできないことも多いので、ヘルパーさんの調整も大変でした。気分転換に買い物に行ったり、外食したり、旅行をしたり、四季折々のパーティーをしたりと楽しむようにしていましたが、準備や片付けに疲れがたまっていました。

 休めないことが当たり前だったので、自分のために休もうと思えなかったし、休んでいるつもりでも、子どもは安全に過ごせているか、次に何をするべきかと考え、いつも気持ちが張り詰めていた気がします。まわりから「大変だね」と言われても、それ以外の生活を想像できないので、大変な自覚はなく、自分が選んだことなので大丈夫だと思っていました。

 子どもたちが成長し、引っ越しをして環境が変わり、大変さが取り除かれて、一息ついた時に初めて、あの時は大変だったと痛感します。ぎりぎりプツンと折れなかったのは、たくさんの人が支えてくれたおかげと、運だったようにも感じます。子育てをずっとやりたかった私ですが、乗り切った今、もう二度と子ども2人が小さかった時には戻りたくないと感じます。

 アフリカのことわざに「子ども1人が育つには、ひとつの村が必要だ」とあります。子育ての一時的な支援、政策、予算ではなく、1人の子どもを長期的に支える、十分な保障を望みます。だって子育てをしている親はその大変さになかなか気づきにくいのですから。


 いぜな・なつこ 1982年那覇市生まれ。コラムニスト。骨形成不全症のため車いすで生活しながら2人の子育てに奮闘中。現在は神奈川県在住。