沖縄の基地の成り立ち 知っておきたい3つのこと


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 沖縄の米軍基地の成り立ちで知っておきたいことが3点ある。

 1つ目は強制的に接収された土地ということだ。沖縄の基地は次の3つに分類できる。(1)嘉手納基地のように戦前の日本軍の基地を米軍が占領し、さらに拡張したもの(2)戦中、もしくは終戦直後、住民が収容所に隔離されている時期に、米軍が土地を奪って造ったもの。普天間飛行場がこれに分類される(3)戦後、強制的に土地を接収して造られた基地。

 さらに(3)を詳しく説明すると、米軍は1953年4月、「土地収用令」という布令を出し、米軍が必要とすれば地主の同意なしに土地を接収できるようにした。この布令の最初の適用地が真和志村(現那覇市)安謝、天久、銘苅という現在の那覇市新都心地区だ。その後、小禄村(現那覇市)具志(復帰後は自衛隊基地)、伊江村真謝、宜野湾村(現宜野湾市)伊佐でも土地が強制的に接収された。

 知っておきたいことの2つ目は民有地の割合が高いことだ。

 県外米軍基地の大半は戦前の日本軍の基地をそのまま使用しているのに対し、沖縄の基地はほとんどが住民が住んでいた場所に造られている。そのため民有地の割合が約4割と高くなっている。

 3つ目は日本本土の基地反対運動を受け、50~60年代に海兵隊の部隊が次々と日本本土から移転してきたことだ。その結果、在日米軍専用施設の70.6%が沖縄に集中している。