未来の沖縄をどうつくる? 県民のポジティブな動きが必要 【貧困雇用 沖縄経済を読み解く(17)】


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 今連載の目的は、沖縄の雇用や経済に関して流布されている「物語」が果たして真実なのかどうかを検証することと、沖縄の貧困問題を雇用・経済面と関連付け、各種統計で裏付けながらその特殊性、構造的な問題点を浮き彫りにし、課題を共有するものです。従って社会保障などの全国的な問題や子育て支援策などの社会的排除に関する詳細は述べていません。

 読者の中には「沖縄の低賃金や貧困の問題の原因が、歴史的背景や政府の政策だけにあるわけでもない」という反論があるかもしれません。もちろん沖縄の側にも反省・改善すべきことはあります。しかし、「沖縄の低賃金や貧困の原因には歴史的背景や政府の政策が大きく関わっている」構造をまず把握した上でこそ、振興策等に張り付く既得権益層など内部の問題にも切り込めるのではないでしょうか。沖縄の側にも相当な努力と覚悟が必要なのは言うまでもありません。

 しかし、印象論や都合の良い統計のみを引用して物語を作るのも、全国平均やその順位だけで沖縄は劣っていると過度に強調し、その原因が沖縄の社会風土や文化、県民の資質や能力、意欲の問題に偏重する言説も、構造的な問題を見落としてしまうどころか、自己肯定感や社会への信頼感を喪失させ、諦めや閉塞感を助長し、内発的発展を阻害します。

 沖縄社会を「地縁血縁社会」と位置付け、「後進的」「前近代的」として「沖縄は劣っているから全国レベルにしなければならない」というような論がなぜまかり通るのでしょうか。根底にコロニアリズム(植民地主義)やオリエンタリズム(異国としての東洋イメージ)の要素があり、沖縄県民もそれをコンプレックスとして内面化してしまっている側面はないでしょうか。

 日本における沖縄の相対的な位置付けを客観視することは大切ですが、アジアや世界の中での日本の相対的な位置付け(例えば、相対的貧困率はOECD加盟34カ国中29位、労働生産性は22位)をきちんと見定めることも必要です。

 自己決定権については、さまざまな使われ方や解釈がありますが、少なくともその淵源は個人の自由や自然権としての人権です。貧困の問題は、本来救済ということではなく、一義的に奪われている機会や能力をどうやって取り戻すかという当事者側の運動であるべきです。構造的に選択肢を奪われている状況を把握できるからこそ、阻害している要因を取り除き、市民社会の構成員として「自己決定」し、個人の生活を含めた社会を主体的に形成することが可能になります。社会構造の帰結として貧困を語るだけではなく、貧困を出発点として、社会を考えることがとても大切だといえるのです。

 それらの視点の中で、沖縄の内発的な発展や自治のビジョンを何が阻害しているのか見極め、地域ごとの課題を可視化して主体的に働き掛けていくこと。つまり沖縄人(ウチナーンチュ)が沖縄人をエンパワメント(力をつけること)し、自らの社会をどうつくっていくべきかという自己決定を個人レベルから地域レベル、そして県レベルとボトムアップにより高めていくことが必要です。

 多くの市民が主体として「参加」し、未来の沖縄をどうつくるのか、沖縄の未来をどう生きるのか、自己決定に基づいたポジティブ(積極的)な動きを今こそ全県的に起こしていくべきではないでしょうか。構造的な問題にスポットを当て「基地」「経済」「貧困」と分けて考えるのではなく、一体的に取り組むことによって解決の道筋が見えてくると思います。

 さまざまな立場から一つ一つ問題を分析し、すぐに解決できること、地道に取り組むべきことを分けて実行する。県民が力を合わせればそれができるはずです。
(安里長従、司法書士)

(おわり)

【参考文献】

 屋嘉宗彦「沖縄自立の経済学」(七つ森書館)、チャールズ・ウィーラン「統計学を丸裸にする」(日本経済新聞出版社)、池宮城秀正「国と沖縄県の財政関係」(清文社)、宮城和宏「沖縄経済論-二つの陥穽について」(沖縄国際大学公開講座委員会)、島袋純「『沖縄振興体制』を問う-壊された自治とその再生に向けて」(法律文化社)