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<メディア時評・窮屈な選挙報道>放送各社に改善命令 政府、放送法の解釈変更


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 衆議院選挙投票日まであと1週間、序盤戦を見る限り、今年も「窮屈な」選挙報道が続いている印象だ。こうした傾向が顕著になったのは、2013年の参議院選挙からと言われており、その後、14年の衆議院、16年の参議院と、むしろその窮屈の度合いは増してきていた。ここではその理由をあらためて確認するとともに、さらにこの状況が、来るべき憲法改正国民投票に与える影響についてみておきたい。

お触書

 選挙期間中(公示・告示から投票前日まで)の表現活動は、主として二つの法律によって規定されている。公職選挙法は「この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定は、日本放送協会又は基幹放送事業者が行なう選挙に関する報道又は評論について放送法の規定に従い放送番組を編集する自由を妨げるものではない。」(151条の3)と定める。新聞等の印刷媒体についても、同様の規定がある(148条)。これらは、人気投票の公表を除いては、自由な報道を認めるという規定に他ならないのであって、法の全体構成からしても当然の帰結である。

 日本の場合、選挙期間中の表現活動に関し、候補者の選挙運動を原則禁止し、限定的に一部を認めているにすぎない。そして、その不足分をマスメディアの働きによってカバーする仕組みとなっている。具体的には、政見放送や選挙広告を、テレビ・ラジオや新聞で流すことによって、有権者に対し満遍なく候補者情報を行き渡らせることとしている。そのうえで、政策の違い等の詳細情報を、論評も含め各メディアが自由に報道することで、投票行動に有益で必要十分な情報が、社会に流通することが期待されている。まさに日本社会独特の手法によって、選挙期間中の多様で自由闊達(かったつ)な情報流通を保障しているのである。

 その肝は、あくまでもマスメディアが「自由に」さまざまな候補者情報を読者・視聴者に伝達することにある。この伝達路が詰まってしまっては、当然、有権者に必要な情報は行き渡らない。その結果、後で触れる「特別に自由な情報発信が認められている者」の情報だけが、言論公共空間を占めてしまうような、歪(いびつ)な状況が生まれかねない。

 では、なぜそうなるのか。実は先に挙げた公選法の条文の最後についている、但し書きに大きな要因があるとされている。「ただし、虚偽の事項を放送し又は事実をゆがめて放送する等表現の自由を濫用(らんよう)して選挙の公正を害してはならない。」という一節だ。この〈事実をゆがめてはいけない〉の一言が重くのしかかり、自由な報道が及び腰になっているという構図が出来上がっているのだ。

 さらに放送媒体の場合はこれに、放送法の規定が二重に被(かぶ)さることになる。「政治的に公平であること」(4条2項)が、放送番組の編集にあたって守るように定められているからだ。

 同法もその前段では、放送の自由を謳(うた)っており、しかも4条の制約も放送人の自律に委ねているとの解釈が一般的ではあるものの、放送現場の実態としては、選挙が近づくとどの局でも、一斉に「お触書」が出回り、候補者や政党を扱う場合には1分1秒まで平等に扱うことや、特定の政策を一方的に批判することはしてはいけない、などの自主ルールが適用されることになる。

二つの動き

 こうした「必要以上」な気配りが、とりわけ放送媒体で行われるのには、二つの動きが関係している。一つは、繰り返し政権党等から出される文書や抗議の「成果」である。

 例えば14年の選挙直前に自民党から全放送局に発信された文書では、街頭インタビューの流し方といった詳細な番組編集にまで踏み込んでいる。こうした要請は通常、無視はできないものの、聞き置くといった対応ができるものである。実際、スポンサーをはじめさまざまな「圧力」はあっても、それにいちいち応えては、放送なかんずく報道は成り立たない。

 しかし実際は、こうした動きと同時並行して、もう一つの政府の示した姿勢が大きな意味を持つ。それは、行政処分と行政指導をリンクさせたことだ。

 放送事業は国の免許が必要で、その所轄は総務省(政府)だ。これを定めているのが電波法であって、免許条件に合わない事態が発生した場合、免許取り消しや電波停止(放送中止)といった「処分」を行う権限も有している。

 一方で、先に挙げた放送法の規定は本来、法的拘束力を有しないというものであったが、近年、政府が解釈を一方的に変更して、法の規定に合っているかどうかは政府が判断することを宣言し、実際、法に反しているとして個別の番組に関して放送局に「指導」という名の業務改善命令を出す事態が続いている。

 さらに15年には総務大臣が国会答弁で、前者の処分と指導は一体のもので、放送法違反があれば電波法に基づき電波を止めるとした。こうした政府の法解釈が、先に挙げた公選法の運用も含め、マスメディアに大きな影響を与え続けているということである。

政党は発信力増

 そしてこうした報道現場の閉塞(へいそく)状況の中で、ひときわ目立つのが「政党」の政治活動としての情報発信である。特定候補者の選挙運動になってはいけないという制約こそあるものの、選挙期間中の表現活動として唯一、事実上のフリーハンドを与えられた政党は、その質量ともに他を凌駕(りょうが)する勢いだ。

 こうした法構造は、憲法改正国民投票期間中も同様である。むしろ、政党には無料CMが認められているなど、さらに政党発信情報が増える仕組みになっている。一方で、放送番組には強い縛りが課されている。こうした状況が、有権者に正確で必要十分な情報を伝達するに相応(ふさわ)しいのかどうか、もう一度精査する必要があることを、この間の選挙報道は示唆している。
(山田健太 専修大学教授・言論法)